104 レッドVSエウィン
「がァァアッッ!!」
エウィンは己を鼓舞しながら我武者羅に片手剣を振るう。要所要所で防御されるも、その上から押し込んでは防御に徹しさせる。冒険者業で必死こいて覚えた攻撃の型とか今ばかりはどうでも良くて、けれどそれが功を奏してか、レッドは僕の太刀筋が読めていないようだった。
起き上がってからというもの、僕の中で何かが弾けた。そのおかげで身体中から力が漲る。何処から攻撃すれば反撃されないかが手に取るように分かる。それでも防げなかった攻撃を受けて意識が眩みそうになっても──、
「『巻き戻し』!」
自分に『巻き戻し』を使用して無理くり負傷前の状態まで回復して瞬時に持ち直す。果てには……──、
「『巻き戻し』!!」
ちょうど僕の眼前を横切ったレッドの『火』を元の位置に戻せば、ちょうどそこに居るレッドが「わぶっ」と諸に被ったところを片手盾で殴りつける。時間差『巻き戻し』の効果は推定一秒までだが、この一秒が「次はどれが巻き戻されるか?」とレッドに余計な思考を与えることに成功しているようだった。
今の僕は不思議な程に思考が、視界が鮮明で、防戦一方だった身体が理想の動きについてきてくれる。相手にとことん自分の得意を押し付けれている。これが俗に言う『極限集中』だか『リミッター解除』というものだろう。
なら何故急にこの状態に僕が至れたのか。答えは単純。今しがた『完全敗北』を喫したからだ。
不意に思い出した『真の成長は死線を潜るか、大きな挫折を味わった先にある』とはゴーダンさんの格言で、当時は「人生死にかけたらトラウマだし、心の根底が揺らぐ挫折は知らないに越したことなくね?」とピンと来なかったが、今ならよく分かる。
僕は悔しかったのだ。レッドに負けたことが。リドゥ兄ちゃんに会いたいと大口切っといて完膚なきまでに叩きのめされたのが。自分の覚悟がレッドの「アイツを想うならどうか戦いが終わるまで大人しくしててくれ」という想いに掠りもしないという現実を突きつけられたのが……!
これが「大きな挫折」なら該当充分。己の実力不足・不甲斐なさは地に伏したときに、己の冒険者としての矜恃は夢の中でしかりと痛感した!
断言する! 僕の冒険者人生の山場は今日! こんなにも『勝利』に飢える日は金輪際訪わない、と!!
だが今求める『勝利』は通過点に過ぎない! 真の目的たる『リドゥ兄ちゃんとの再会』の為にも、ここは絶対乗り越える! 乗り越えろ!!
「レッドさん!」
片手剣を振りながら声をかける僕に、彼は防御・回避しながら「ん?」と返事をする。
「誰かの為に戦うって、力湧きますね!!」
これにレッドは僅かばかし瞼を持ち上げると、少し間を置いて返事をする。
「……そうだな。だが今は、リドゥよりも周囲を気にするべきじゃあないか?」
「なんですって?」
意味深な物言いに「それってどういう……──」と言葉を紡いだそのときだった。
「チョエーーーーッッ!!!!!!」
「──!」
上空から今日一番の奇声が鳴り響いた。位置関係的に空を飛び回る鳥人……の背中に乗っている虫が発したもの。急に何だというんだ?
「気になるなら見渡してみろ」
「──!」
読心術めいた言い方をしてくるレッドに促されるがまま、攻撃を続けつつ周囲を観察してみる。
ウィルさんはネコ科っぽい遺志守と一対一。
なんか半裸になってるミーニャさんも女性遺志守と殴り合いのタイマン。
一方、レリア先輩は褐色肌の蜥蜴シッポと時折妨害に現れるモッチャレワームとの実質一対二の攻防を繰り広げている。
他の面々は……──。
「一対多になってる……?!」
「そうだ。うちの襲撃が上手くいったのだろう。今頃オマエらの回復地点はうちのに占拠されてるか、逃げられたとて大幅に移動しているから合流までに時間を要している。だからオマエらの仲間の戦線復帰が遅れをとってきてるんだ。さっきの奇声がその証拠だ」
「なっ……!!」
「これが何を意味するのか分かるな? 地上戦は俺たち魔族が王手をかけつつある。既にオマエらを降伏へ追い込む追撃戦に移行してるんだ」
「……!」
言われてみれば遺志守たちは、地面に蹲る冒険者に得物をくっつけて、僕が先程されたのと同様、魔力・体力を吸ってはそのまま置き去りにするか、戦場外に運び込んでいた。完全に終わらせに掛かっている。
「だからボウズも、もう休め」
「そうはいかないッスよ!!」
過剰な程に大量に吹き出された火を避けて、防いで、潜り抜けながら『巻き戻し』を仕込んでいく。目眩しのつもりだろうが、何度でも逆利用してやる!
「うぶっ」
レッドは再度自身に戻ってきた火に息を詰まらせる。勝負はここ!!
僕はレッドの背後に回り込み、全身全霊の一撃を振りかざした!
──刹那、鳩尾に痛烈な拳を叩き込まれた。
「ご……ッッ……!!」
口から空気と血反吐が出て、今度はうつ伏せになるように倒れる。
上手く呼吸ができない。手足はおろか、指すら動かない。極限集中のピークが過ぎたのか?
完全に不意を突いたハズなのに……?!
「解せないようだな」
「──!」
「なら教えてやる。初歩中の初歩だ」
そう言って彼は、僕の背中に得物の火吹き棒を乗せる。既に限界を超えていた身体からますます力が抜けていく。
「レッドドッグは火に強いから、多少なら我慢出来る。自分の火なら尚更な」
……あぁ、そうか。
それじゃあ、「わぶっ」も「うぶっ」も、演技だったわけだ。
──今度こそ、完敗だ。
仰向く余力も湧かず、レッドが吹いた火が不自然に消えたのを目視しながら、僕は意識を手放した。
──レッド〇VS●エウィン
◇ ◇ ◇
エウィンの気絶を確認して、レッドは「ふぅ」と息を吐いて、直ぐに気を引き締める。
これでリドゥの『特に死んでほしくない人物』の一人は鎮圧出来たので、次に鎮圧に加われそうな人物を探してみる。
ゴウは一対一で戦っている。彼が相手取っている人間は知らないが、見た限り下手に介入しない方がよく動けそうなので除外する。
ならば回復地点に向かったロイストを手伝いに行こうかと思ったがそれも取り消す。既に回復地点襲撃の効果が戦場に現れてるのだから今更出向いたところで大したことは出来ないだろう。
「エウィンから離ぐべッ!!」
後ろから仕掛けてきた冒険者を返り討ちにしながら見回すが、サリーは既にモッチャレワームと組んでいる。独り暮らしの期間が長かった両者は連携を苦手としており、辛うじて連携出来ているところへ迂闊に手助けすれば混乱させるだけだ。
「……」
黙って他冒険者をシバキ回すとしよう。だが、強いて言うなら……。
レッドは最寄りを走っていた冒険者を火吹き棒で殴り倒しながら、アウネの持ち場方面を一瞥する。