103 リドゥの危機
「べフっ……」
口が血反吐に塗れる。地面に己の血が滴る。頭がぐわんぐわんと馬車酔いが幾重にも悪化したように揺れて、ぼやける視界で懸命に目を凝らせば、身体の節々に傷を負ってるジユイが迫ってきていた。
ジユイの右手に握られた大太刀が大きく振るわれる。
「がぁ……ッ!」
己の身体に鞭打って一刀を避けた僕は、『滅喰の龍槍』を振り回して応戦する。激しく抉れたジユイの左腕はだらりと垂れ下がり最早機能しておらず、両手でこそ全力を出せる大太刀を扱いきれなくなっていたが、それでも油断すれば首を刎られかねない威力だった。
とはいえ、事実片腕だけになったことでジユイがパワーダウンしているのは明白。こちらの出血も激しくなってきたし、残りひとつだけの回復液も無駄飲みできない。彼の魔力量が空になるのを粘ったりせず、ここで決めなければ。
その為にも先ずは、確実に回復できる状況を作る! 僕は蹴りを入れられ地面を転がりながら一旦距離を開けて、ジユイが立っている地面を『消滅』で大きく抉る。
「むっ」
ジユイは落ちながらも、咄嗟に僕めがけて大太刀を投げ飛ばしつつ、溝と化した地面に掴まる。
そこから上がらせまいと僕は顔面に投擲されてきた大太刀を紙一重で避けながら、ジユイの右手を狙って『消滅指弾』を飛ばすも、彼はそれを察してか、即座に手を離して溝下に消えた。あわよくば右手も破壊したかったが、そう都合良くはいかない。
けれど、片腕しか機能してない以上、当分は登ってこれまい。ここで「改良に改良を重ねた結果、鍛錬で折れた私の腕にかければ……ほら、ほ〜らほらほら!!」「凄ェ〜!!」と評判の回復液を飲めば体力面は形勢逆転できる!
「──!」
とにかく回復しようと腰の回復液ポーチに手を伸ばした刹那、溝上に取り残された光球から、無数の光弾が乱射される。光球と視界を繋げでもしてるのか?! これじゃあ回避に専念せざるを得ない!
「ホント、デタラメだ……!」
「よく言われたよ」
「──!」
何気ない返事を拾うと同時に、気付けば這い上がってきていたジユイが僕を殴り飛ばす。
更にすかさず回収した大太刀を振るってきたのを何とか防ぐが、左腕をよく見れば二割程回復しているではないか! 回復を図ろうとして失敗した挙句、むしろ回復の機会を与えてしまった!
「痛ッ……!」
とか解析していれば右足に痛みが走る。ジユイの『親愛ナル隣星・星屑』で生成された光球から放たれた光線が足甲を貫通したのだ。何度と回復液を使っているが、こういう細々としたダメージで出血量が無視できない段階まで蓄積されていた。
そして何より、光球の『常時展開』が本当に嫌らしい! 無から出現したなら「今から撃ちますよ」と言ってるようなもので攻撃を予測できるが、常に浮遊していては攻撃タイミングの予測が困難! 「今から」と「いつでも」では緊張感に雲泥の差がある! そこにあるだけで神経がすり減る!
向こうは何かしらで回復できてて、こちらが立て直せてない現状、長期戦は圧倒的不利! 小細工とか、出し惜しみはしてられない!
「どうした? 息が上がっているぞ? 大口叩いといてこの程度か?」
「──! な訳ないでしょ!」
右指全てに魔力を込めて、乱雑に発射する。ジユイは地面に頭をつける勢いで上体を仰向けて前転するように飛び込み、身を翻しながらそれを躱すも、無茶な体勢となれば流石に無防備! 最大限警戒しつつ、そこへ一撃を叩き込まんと両手を合わせる!
「星きゅ──」
「遅い」
「──!」
ジユイはブリッジするように地面に両手をつくと、僕が突き出した両手に足を絡めて勢いよく身体を捻る。拘束された僕はジユイ共々半回転しながら「おごッ!」と地面に叩きつけられた。
「あぁ……ッ!」
そこへすかさず飛んできた光線に左手を貫かれ、更にダメ押しと言わんばかりに立ち上がったジユイが振るう大太刀を辛うじて回避するが、代わりに左足首を浅くながら斬られた。回避もしっかり読まれていた。
このままじゃ本当に殺られて、魔族の皆が居る戦場へ戻られる。今度こそ皆が殺されてしまう。それだけは駄目だ! そうさせない為にもとにかく回復を……──!
「あれ……?」
隙だとか考える余裕もないまま回復液ポーチに手を伸ばして血の気が引く。中身がもぬけの殻になっていたのだ。いつ落としたのかと更に中をまさぐってみると、ポーチに大きな穴が空いていた。
攻撃を喰らってる最中にやられて落としたんだ!慌てて地面を見回すと、足首を斬られた場所に落ちていた。
それをジユイは拾い、自身の左腕にかけた。
「あ」
ジユイの左腕はあっという間に握りこぶしを作れるまでに完治した。かくいう僕は未だ満身創痍。
逆転が一つ潰えた僕を目指して、ジユイがゆっくり歩いてくる。
──強すぎる。
戦闘中に薄々感じていたのを今改めて実感する。僕はジユイに追いついたんじゃない。リハビリ不十分で絶不調のジユイの背中にやっと届く距離まで来たに過ぎなかったのだ。
「偉い効能だな」
圧倒的戦力差に打ちひしがれる僕に、ジユイは声をかけてくる。
「ここまで回復するとは思わなかったぞ。ラネリアよりも効果あるんじゃないか? ラネリアで開発されてれば一財を成せただろうに惜しいものだ」
そりゃあ、アウネさんが頑張ってくれたから……とは言わない。下手に調べがついて、邪な研究者に目をつけられたら事だ。
「誇れリドゥ・ランヴァー。片腕を斬り飛ばされたことはあったが、機能不能まで追い込んだ人間は貴様が初めてだ」
純然たる賞賛なのか嫌味なのか区別も付かない彼の言葉を聞き流す。
「故に、貴様を解雇したのは軽率だったと後悔している。今後また、人の上に立つことがあったら、貴様を教訓とさせてもらうとしよう」
そう言ってジユイは両手で大太刀を構え直し、僕目掛けて大太刀を振り上げた。
──ボォウ!!
「ッ……!?」
次の瞬間──、無から現れた火が、ジユイに降り注いだ!
明るい色合い……レッドの火だった。地上の風導が吹き集めて塊にしたのをコロスケが転送してきたのだ! 遂に来てくれた!
「……ッ!!」
ジユイが地面に燃え広がった火から飛び出し、引火した上着を脱ぎ捨てる。その一瞬の隙をついて顔面に飛び蹴りを喰らわしてやれば、ジユイは地面を跳ねて尻もちをついた。
ムクリ……と起き上がり、鼻血を出しながら「……一体全体、何をした?」と状況の整理を要求してくるジユイに僕は答える。仮に知ってても対処の仕様が防御・回避の二択だし、だったら神経をすり減らせようではないか。
「地上の仲間の『火』の攻撃を転送してもらいました。地上の戦闘に余裕ができたら実行するよう頼んどいたんです。つまり地上は魔族の仲間が優勢となってます」
指示しといてなんだが、即席としては無限に近い自由度。この先ジユイの反応が消えるまで不定期で送られてくるだろう。
──僕はまた独り……、ではない!
「ホント、良い仲間を持った! さぁ、続きをやりましょう!!」
僕は槍を再び構え直した。
「…………」
ジユイも無言で、大太刀を構え直した。