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102 レリアの激憤

「モケーーッ!!」


 戦場で、風導の声がこだまする。

 あちこちで風が吹いては、霧散しようとした炎や毒霧を一つの塊に仕立て直して飛んでくる。

 私はそれを何度も避けるが、そうすると「どわぁっ!?」と飛び火を喰らった冒険者が悲鳴をあげては地面に(うずくま)っていく。


 風導は小柄を活かし、人混みの足元をチョロチョロと逃げ続ける。体格差もあって、これがまぁ煩わしい。

 尚且つ、向こうの遺志守は負傷に合わせて回復地点に送り飛ばされている。これが目視でなく魔力探知で見極めていると信じるなら、リドゥの居場所を聞き出すなら無傷での確保が前提条件!


 とはいえ、なるべく人の少ない所から追いかけてはいるものの、追いかけ回している間にも冒険者たちが次々巻き添えを受けて無益な負傷をしてしまう。このままでは被害が拡大する一方なので、早々に決着をつけなければ!


「道開けて!!」


 私のこの呼びかけを聞いて、足元を横切った風導を一瞬でも目視した最寄りの冒険者たちは警戒を呼びかける。


「レリアがちっこいやつを追ってるぞ! さっきから燃えカスを集め直して飛ばしてくる『戦場荒らし』だ!!」

「遺志守を出来るだけ隅へ追いやれ! 邪魔させるな!!」


 これに合わせて冒険者たちは左右に広がり、風導までの視界が開けた。理解が早くて助かる!


「モ、モケッ!?」

「これは想定外だった風導? どうにか追いつかれまいと風の運びが雑になってるよ!」


 取り乱しているのか、遺志守は巻き込まないながらも精密性に欠けていたものだから、私は難なく回避しながら接近し、風導の胴体をダイビングキャッチ! やっと取り押さえた!


「捕まえた!」

「モケッ! モケッ!」


 風導が顔を叩いてくる。けれど、目を潰してこないことも風で抵抗を試みないのは分かっていた。


 回避しながら気付いたのだが、全ての風が直撃を避けるように放たれていた。ならば全身を包むように捕らえてしまえば、仮に風をぶつけてきたとして確実に直撃する。それを分かっているから風攻撃の選択肢が取れない風導に私は問う。


「リドゥは何処?」

「ケエケ! ケエケ!」


 だが風導は泣き喚きながら頬を叩いてくるばかりで答えようとしない。


「ピヨゥ、パイケパ! ケエケ! ケエッケヨ!」

「ん……?」


 風導の発音に私は違和感を覚える。先程までは「モ」「ケ」「エ」「イ」の四単語しか発していなかったのに、リドゥの居場所を問いただした途端に八単語まで増えた。なんと言っているかは分からないが、まるで何か伝えようとしてるかのような発声だ。


 何かヒントを得られるやもしれない。私は解析を試みる。


 先ず「ピヨゥ」だが、これは「リドゥ」に間違いない。子音はともかく母音が合致しているし、何より「ゥ」の位置が決め手となった。


 となれば、やはり風導はリドゥについて話している。私は風導のビンタを気にも留めずに解析に没頭する。


 もう一度風導が発音可能な単語を整理する。

 現在明らかなのは「モ」「ケ」「エ」「イ」「ピ」「ヨ」「ゥ」「パ」の八単語。「ピヨゥ=リドゥ」を信じるなら風導は発音可能な単語を並べて(風導の中で)文章を成り立たせてる。自分の頭をフル回転して、訛りに配慮しつつ今までの発音をそれっぽく当てはめていくと……──?


「リドゥ、泣いてた。帰れ、帰ってよ……?」


 ──なんで……?


 素朴な疑問に答えるように喋り出す風導の台詞を、私は聴いた傍から翻訳していく。


「リドゥ、まいばん……毎晩、泣いてた……。なん、なら……吐いてた。誰か、が……死ぬかもしれない、未来が、来るのが……怖くて……仕方ない……」


 ──リドゥは毎晩泣いてた。なんなら吐いてた。誰かが死ぬかもしれない未来が来るのが怖くて仕方ない。


 じゃあ、リドゥ自身の死は──?

 これが意味する、当時から恐らく現在進行形のリドゥの心境を、私はゆっくり咀嚼しながら心に落とし込み、そして自分の言葉で解釈した。解釈してしまった



 ──リドゥのやつ、自分の無事が最優先だと心から思い切れてない。



 そう理解が追いついた瞬間──、私の怒りは最高潮に達した!


「何言ってんのさアイツ!!?」

「モ、モケ……」


 声を荒らげる私に、風導が複雑な気持ちを宿した目を向けてくる。それはまるで、同類を見る目だった。これが余計に荒れ狂う私を激憤させる!


「これ程大規模な合戦がそもそもリドゥを殺す為のものなのに、冒険者こっちの心配してんじゃないよ! 仲間の遺志守はともかくさ! アイツは自分の生命が惜しくないの?!」


 自然と涙が零れる。怒りの涙と悔し涙で顔中あっという間にぐしゃぐしゃだ。


「アイツはいつもそうだ! ラネリアに居た頃も一度だけ、落ちこぼれとつるんでたら悪評が立つって遠回しに縁を切るよう薦めてきたし! 私がつるみたくてつるんでんのに、こっちの評判ばっか考えて、自分のことなんかちっとも勘定に入れない! どこまでも自分を蔑ろにするところだけは嫌いで仕方がなかった!!」


 駄目だ、止まらない。掘り当てられた温泉のように色々と感情が吹き出してきて、私の身体なのに制御出来ない。


「もっと自分を惜しみなよ! 遺志守こいつらだってリドゥを惜しんでるから戦ってんでしょうが! なのに自分は最悪死んだって構わないとか、そりゃないじゃん!!」


 失望とか悲しみがごちゃ混ぜになって同じことを喋っているのかどうかの区別も付かない。リドゥどころか自分の感情にまで振り回されているうちに段々と腹が立ってきた。


「もう怒った! 再会したらどうこうする前に先ず一発……いや五発ぶん殴る! アイツが死んじゃいけないって納得するまで殴ってやる!!」


 だからいい加減教えろ──! そう風導を再び問いただそうとした、その時だった。


「うわッ!」


 炎がどこからともなく飛んできて、咄嗟に風導を抱えて横に転がる。


「……ッ!」


 直後──、顔を上げたところへ蹴りを入れられ、衝撃で風導を落としてしまう。解放された風導は地面に降りるや否や直ぐさま駆け出して人混みの中へ消えてしまった。


 即座に私は仰け反った体勢を直し、片手剣を振るって一蹴者を振り払う。


 距離を取ったのは、褐色肌の遺志守だった。


 顔面蹴られて少し頭が冷えた。口内の血を吐き捨てて「痛いなコノヤロウ」と立ち上がる。


「なら帰って。お帰りアッチ」

「悪いけどそうはいかないの。リドゥに五発入れなきゃいけなくなったからね」

「──! あなたもリドゥ、虐めるの?」

「は?」

「リドゥはよく夜中に起きてた。なんだろうってイリとつけたら、自分の所為で死ぬかもって、震えてた」


 リドゥが夜な夜な怯えてたのは特定の遺志守だけが知ってる事柄ではないらしい。それに少し安心している自分が確かにいた。


「わたし、物(おも)え悪いし喋り方もおもえ中で、能天気? でムズしいのも分かんないけど、リドゥがえーっと……これが早く終わってほしいって思ってるのは分かる。だから、みんな追い出す」


 褐色肌遺志守は隙自語を交えつつ、胸の前で掌印を結ぶ。


「リドゥは、わたしに居場所くれた。サリーって名前もくれた。だからわたしは、リドゥを守る!」


 褐色肌遺志守──改めサリーは宣言とともに多数の炎を放ってきた。


 避ければ後方の冒険者に飛び火する。それを察して片手剣を振るって次々と一刀両断していく。


 だが、最後の一つを斬ったところで片手剣が熱を帯び始める。『痛恨ノ一撃(クリティカルヒット)』で相殺してきたが、これ以上は難しいだろうと判断して、やむを得ず片手剣を納刀する。


 その直後、地面が大きく揺れて、周囲の冒険者を打ち上げながらモッチャレワームが現れた!


「ヴォォオォオオオォオオオン!!!!!!」

「モチャ、その人やっつけよう!」

「ヴォオオン!!!!!!」


 サリーの指示に従い、モッチャレワームが連携を取り始める。立て続けに面倒な!


 飛んでくる炎に充分注意しつつ避けると、モッチャレワームは放たれた炎を食らいながら地面へ潜っていく。自傷行為もお構いなしか!


 しかも、居なくなったかと思えるような時間差で攻撃してくるから、前兆があるとはいえ気が気でない! これではリドゥを探しに行くどころではない!


 ──リドゥ、何処にいるの?!


 ◇ ◇ ◇


 一方──。

 地下空間でリドゥは、満身創痍で両膝を着いていた。

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