100 ウィルの未練
戦闘中、ウィルは見た。
「うわッ、マジか!!」
思いがけない光景にウィルが思わず声を出せば、「なんだなんだ? 何を見たんだ?」とゴウも釣られて振り返り、ウィルの視線の先を見る。
視線の先には、魔族の回復地点前を死守するアウネと……何故か上がほぼ裸になっている女性冒険者が格闘技に洒落込んでいた。耐性が無ければ目のやり場に困る光景にゴウは訝しむ。
「……なんであの人、下着になってんの? 恥ずかしくねぇのか?」
「さらしだし大丈夫じゃない? じゃなくてッ! 遂にミーニャが肉弾戦法に戻った!! やっと戻ってくれたんだ!!」
「凄ぇはしゃぎっぷりだな。ミーニャ? って人の戦い方がそんなに珍しいのか?」
珍しいも何も──! ウィルは己が双短剣とゴウの鉤爪で二重奏を弾きながら、意図せず苦虫を噛み潰したような顔で告白する。
「僕の体術筆頭は僕の実力じゃない! おさがりを譲り受けた、繰り上がりに過ぎないんだ! 元々筆頭に立っていたのがミーニャだったんだ!!」
「へぇ、そうなのか!」
説明を受けてゴウは、アウネとミーニャの肉弾戦を視界の端で眺めてみる。
言われてみればミーニャと呼ばれた女性、ちょくちょく視界に入っていた時と動きが全然違う。それこそ、見えない攻撃(?)と斧槍での戦いは実は苦手だったのではないかと疑いさえするレベルだ。
「確かにさっき見かけたのより動きが活き活きしてるな。元筆頭? と言ってたのも信ぴょう性あるわ」
「そうなんだよッッ!!!!」
「うおッッ!?」
防いだ攻撃の勢いを相殺しきれず、ゴウは擦るように地面を後退る。気の所為でなければ筋力高まってないか?
ウィルは器用に喋りながら猛追撃を仕掛けてくる。その時の彼はまるで絶景を見たような、一世紀前に姿を消したハズの全滅種に思わず遭遇したかのような声色で力説してくる。
「かつてのミーニャは本当に強かった! それこそ密猟団を一人で壊滅させちゃうような、正に『拳姫』! 僕は彼女の強さに憧れて何度も模擬戦を申し込んでは返り討ちにされた! それでも、超えたい壁として立ちはだかってくれるのが嬉しかった! 到達したい理想の体現者でいてくれた!!」
ウィルは舌を噛みそうな文字数で語りながら、双短刀に加えて蹴りも織り交ぜてくる。
「それなのに! 彼女は失明を機に、体術優秀冒険者欄から名前を消した! 結果として僕が繰り上がりで筆頭になったけど、自動的に手に入る頂点なんか、望んじゃいなかった! 自分の実力で彼女を超えたかったから不本意極まりなかった! でも失明がどうしようもないことだってのも分かってたから、だったらこの心の燻りはどうすれば良かったんだ?!」
大粒の悔し涙を流すウィルの攻撃速度が早口に比例して益々加速する。気の所為じゃなく、彼の昂る気持ちが戦闘力に上乗せされている!
「あだ……ッ!!」
そして、頭突きをかまされたところで、ウィルの涙は嬉し涙に変わった。
「でも、今のミーニャを見れば分かる、全然訛ってないどころか殻を破って更に強くなってる! 一度体術から身を引いた彼女が強いおかげで、僕はまだ上を目指せる!!」
もう二度と会えないと諦めてたのに──! ウィルは燻った情熱を取り戻せた喜びを包み隠さずに、声高らかに宣言する。
「この戦いから生き延びたい理由がもうひとつ出来た! ミーニャともう一度手合わせしたい! 今度こそ実力で超える為にも、僕は先ず、君に勝つよ、ゴウ!!」
「──! なんかいいなそれ! 生きる意味をまた見つけられるって! 俺には分からない感情だ! 今までだって、何となくでその日の飯を狩って食べて寝て、取り敢えずその日を生きてるだけだったからさ!」
でもよ──! とゴウは短双剣を弾いながら身を低くして、左足を軸に回転しながらウィルの脇腹に蹴りを入れた。
それによって「ぶフッ!」と口内の唾液と空気を吐いて、地面を擦るように後退した彼への追撃を防がれながらもゴウは得意げに語る。
「嫁ができて、思わぬ形で『月光洞窟』っつう居場所もできて、しかも嫁が子どもまで産んでくれてさ! 生きる意味を見出したってんなら、これからを全力で生きて、全力で守ろうと改めて思わせてくれたリドゥを支えてやりてぇってのも生きる意味だと思うんだ!」
だからよっ──! ゴウは鉤爪で双短刀を一時的に拘束すると、
「俺は俺が守護りたいものの為にも、兄弟! オマエには出てってもらうぜ!!」
──大きく振りかぶった頭に反動をつけて、ウィルの額に頭突きを直撃させた!