10 モンスター特定
「それじゃあ風導。おまえを襲ったモンスターの特徴を教えてくれるかい?」
落ち着いて戻ってきた風導にリドゥは向かい直す。それと同時に、また先程のようにパニックを起こすとは思わないが、万が一に備えてリドゥがレッドドッグを背にする形でやり取りしていた。
風導は「モケ!」と元気よく返事をして、モンスターの姿を改めて描いてくれた。
のだが……──、
「モケッ!」
風導が自信満々に描いてみせたモンスターは、四足歩行で牙が巨大なところ以外は大きく簡略化されていた。
先程説明してくれた際はざっくり描いたとばかり思っていたが、風導はそもそもの画力が足りないようだった。僕自身も専門家のような突出した画力を持ち得てはいないが、それにしたって情報が足りなすぎる。
「風導。もう少し描いてくれないかい? その、そいつの目立つ部分とか……」
「モケッ」
風導は素直に聞いて、主に牙に枝先を走らせる。
──が、牙の表面に光沢描写が足されただけで終わってしまったとさ。
しかし、嘆いてばかりでは仕方がない。前に進む為にも、心許ないこの絵を『牙』と仮称して推理を試みるが、他の要素も欲しいところ。
「風導。僕とおまえと出会った中で一番大きかった生物を描いてくれないか? この牙モンスターと比べられるように」
「モケッ」と風導は応え、指定した絵を描き加える。
それらと見比べてみれば、牙はリドゥよりやや頭身が高い程度でそれほど巨体じゃあない。風導から見て『大型』ではないかと確認を取ってみたが正解だった。
この絵の通りなら牙は『中型』。この瞬間から『小型』と『大型』は全員候補から外れる。
しかし、それでもまだ絞りきれない。牙が特徴的なモンスターは『中型』だけでも十数種類は確認されているのだ。ギルド発行のモンスター図鑑は更新の度に欠かさずチェックしていたが、牙がキラキラ光るようなモンスターなんて……──。
「……キラキラ?」
ここでリドゥの中に疑問が生じる。この光沢描写、本当に『綺麗』って表現か?
……いや、違う。そもそもの認識が最初から間違っていたのだ。
「風導。襲われた時の天気教えて」
「モケ……!」
試しに太陽と雨の絵を描いてみて渡してみれば、風導は雨を消して、太陽だけを残した。
その絵を見て、僕は確信する。
やっぱりだ。風導が襲われた時の天気は『晴れ』だった。
とすれば、風導が描いたこれは『光り輝くほど綺麗な牙』じゃあない。『日光に反射してキラキラ輝く金属光沢』だ。そうと仮定するなら候補を大幅に絞れる。
先ず第一候補『鉄身獣アイディ』。その名に相応しい鋼鉄の身体を持つそいつの主たる生息地は遥か北東。自分たちがいる南まで渡ってくるとは思えないので直ぐさま除外する。
次に『斬岩獣カトロッシュ』。鉱山地帯に棲うそいつは牙だけじゃあなく爪からも金属成分が確認されているが、だったら風導が牙の他にも特徴として挙げている筈。こいつも多分ハズレ。
ならば『刃牙獣ブレング』はどうだ? あいつは牙の表面が刃物並みに鋭く、頭身も「デケェ人だなぁ」程度。風導が描いたモンスターの特徴とも一致するし、活動域も森だから近隣から流れてきてても違和感ない。
恐らく間違いない。傷を癒さんと生態系を荒らしているのは『刃牙獣』だ。
なら最後のステップだ。確認の為に石プレートを貸してもらい、特徴的な牙を強調し、風導に見せる。
「風導、おまえを襲ったのはこんなやつかい?」
「! モケ! モケモケッケ!!」
風導は「スゲェや!」的な眼差しを送ってくれた。この様子だと『アタリ』だろう。
それなら次の段階に進もう。
「風導。こいつと出遭った場所を教えてくれないかい?」
「モ……」
僕が聞くや否や、風導は言葉を失ってしまい、更には身体が震えだしたではないか。
どうやら明確な場所までは覚えていないらしい。というより思い出したくない感じだった。
しかし無理もない。仲間の多くを淘汰され、自身も死にかけたのだからトラウマになっていても不思議じゃあない。発狂しないよう自己防衛で記憶に蓋をしてしまうのも当然だ。
こうなっては仕方がない。風導から調べるのは諦めて、別の道を探そう。
先ずはレッドドッグから聴取してみよう。と言ってもあくまで住居と食糧を提供し合うだけの関係なので「知るかよ勝手にやってろ」的な顔をされそうだが、ダメで元々だ。
「おぅい、レッドドッグ。こいつ見たことないかい?」
「ヴ?」
僕は石のプレートを持ち寄り、未だ仲良くなれていないだろう同居人に見せてみる。
「……!」
すると、レッドドッグは目を大きく見開き──、
「ブォ!!」
「ぅ熱っち!!」
次の瞬間、怒りの形相でプレートに炎を吐いた!
「な、なんだ急に!? もしかして知……──、おまえの傷の元凶こいつか?!」
「グァウ……!」
レッドドッグは同意するように唸ると、屈辱を思い出したかのように歯軋りした。まさかの『大当たり』だった。
「レッドドッグ! 僕らこいつを倒そうって決めたところだったんだ! 算段立てるためにも場所教えてくれないか!」
「ガヴ!」
頼むなりレッドドッグは外へ駆け出す。『森か洞窟か?』だの『川付近か岩場か?』だのと選択肢を提示して場所を特定する気でいたが、まさか直々に案内してくれるとは 。
事態は急展開。リドゥはサバイバルナイフと風導を携え、肉干し中に見つけた匂い消し草を身体に擦り付けながら拠点を飛び出した。