1 解雇
「リドゥ・ランヴァー。本日をもって、君をギルドから解雇する」
──解雇。
突然の宣言にもかかわらず、ウルフカットの青年は動じず「はぁ」と気の抜けた言葉を返す。いつかはこうなることを悟っていたからだ。
それでも、知らずにはいられなかった。
「……理由をお聞きしても?」
リドゥの質問に、レイム上司は苦い顔でため息を吐き、席を立って背中を向ける。
「このギルドはモンスター狩猟を主軸にしているから、君のような戦闘に消極的な冒険者は要らないと上層部は言っていた。前線に出ない分裏方業務を頑張っていることは評価してくれないかと食い下がったが、聞く耳持たなかったよ」
「はぁ」
まぁ、そうだろうな。
「実際、運営が変わってからやり辛いと嘆く冒険者が後を絶たなくてね、好戦的な実力派以外は尽く切り捨てられているのが現状だ」
そう言いながら振り返ったレイム上司は机の引き出しを開けると、中から麻袋を取り出した。
手渡されたそれを覗いてみると、金貨が入っていた。
退職金だ──。それもかなりの額だ。
「正直な話、このまま居てもストレスが溜まるばかりで耐えられないと思う。それだけあれば四ヶ月は暮らせるはずだから、その間にどうにか転職することを勧める」
「はぁ」
底辺冒険者にこれだけの額、相当苦労しただろう。
弱者冒険者にも気を配ってくれるレイム上司以外だったら、一ヶ月も保たない額だったに違いない。
慕った上司が彼でよかった。
「レイム上司」
「なんだい?」
「貴方が上司で良かったです。今日までありがとうございました」
「……うん。こちらこそ、五年間ご苦労さまでした」
失礼しました──、と一礼して、リドゥは上司の部屋を後にする。
ガンッ──、と上司の部屋から鈍い音を後ろ耳に聞きつつ歩く廊下は何時もより長く感じながらも、僅かな背荷物を肩に携えてギルドの受付に辿り着いたその時だった。
「クスクス……」
どこからともなく聞こえてきた笑い声に耳をそば立ててみると、誰かしらを嘲笑う声だった。その中には日々いびってくる実力主義グループもいた。
間違いなくリドゥのことだろう。侮辱先を特定されぬよう人物名こそ挙げていないものの、わざわざ確証を得る気にはなれない。得たくもない。
こんな場所の空気、吸いたくない。
リドゥは呼吸を極限まで堪えながら、ギルドを立ち去った。
◇ ◇ ◇
下宿先にて──。
「大家さん、ただいま帰りました」
リドゥが下宿前まで来ると、親の顔より見知った中年の女性が、掃き掃除を止めて出迎えてくれた。
「おや、おかえりリドゥ。今日は随分と早かったね」
「うん、ちょっとね」
条件反射で言葉を濁す。流石に「解雇されました」なんて言える雰囲気じゃなかったが、大家さんは妙に勘が鋭い人だった。
「……その顔、何かあったのかい?」
「……うん」
「あぁ、無理に言わなくていいよ! 誰しも言い難いことだってあるさ! 無理に喋ったらそれこそ病んじまうよ!」
「……ですね」
「まぁ、そんな時は食うのが一番! 人間、気が沈んでる時でも美味しいご飯を食べれば元気になるもんさ。帰ってきたんなら今日の昼ごはんはお前さんの好きなシチューにしようか!」
そう言って大家さんはふくよかなお腹をポンッ──と鳴らすと、「ちょっと早いけど、もう作ろうかね」と下宿に入ろうとする。
今しかない。リドゥの直感はそう告げていた。
流石に言えないけれど、言わない訳にはいかない。
リドゥは大家の背中が下宿内に消える前に、口を開いた。
「大家さん。僕、引っ越すよ」
そう宣言した途端、大家さんは「えぇ?」と目を丸くして振り返ってきた。
「引っ越すって? 急にどうしたんだい?」
「突然だけど他地方のギルドへ行くことになってさ。私物も置いてないし、今日にでも出立する気でいたんだ」
「それはまた急な話だねぇ。昼ごはんも食べてかないのかい?」
「それは本当にゴメンなさい。でも、引っ越すのはもう決めたことだから」
じゃないと、心が持たない。
「……そうかい。なら、あたしゃ止めやしないよ。あんたの人生はあんたのなんだから、無理に引き留めるのは野暮ってもんさ。ちょっと待ってな!」
そうリドゥを引き止めて下宿に入っていった大家さんは、程なくして戻ってくると、一枚の金貨を取り出した。
「はいこれ。これでご飯買っていきなさい」
「──! 大家さん、流石に貰えないし、大丈夫だよ。ほら、異動費だって貰ったんだから」
「そんな大きい金、盗られでもしたら一発アウトだよ! へそくりに隠し持っときな!」
「うっ………………有難く頂戴します」
こうなった大家さんはテコでも動かない。リドゥは根負けして金貨を受け取り、背荷物のポケットに入れる。
「それでよし! それじゃ、今度こそお別れだね……」
「はい……。五年間、お世話になりました」
「あぁ! 元気でやるんだよ!」
そう笑顔で言ってくれた大家さんは、リドゥが曲がり角に消えるまで、手を振っていた。
◇ ◇ ◇
鍛冶屋にて──。
「おやっさん、久しぶり」
「おう、リドゥか! 今日は何の用でい?」
「このサバイバルナイフを研いでほしいんだ。急な異動で今日中に引っ越さなきゃいけなくなって」
「ええ!? そいつは突然だな! お前の上司は何してんだ?」
「いきなりの決定だったからって、上層部にかなり食い下がってくれてね。異動費っつって結構な額むしり取ってくれた」
若干の嘘を交えながらリドゥは、紛れもない金貨の麻袋を鳴らしてみせる。
「そりゃあ良い上司だったじゃねぇか! 直ぐ研いでくっから待ってな!」
そう言っておやっさんはサバイバルナイフを受け取るなり、奥へと引っ込んでいった。
待ってる間、暇潰しに鍛冶屋の中を見て回る。
この鍛冶屋にも、石炭を卸したりでよく訪れたものだ。
「出来たぞ!」
「速ッ! 十分も経ってないんじゃない?」
「研磨くらい朝飯前よ。こんなんに十分も使ったら死んだ親父にぶん殴られらァ!」
「あの人、一年だけの付き合いだけど怖かったもんなぁ。で、研磨代いくらでしたっけ?」
「いらねぇよそんなの! 引っ越し代に当てやがれ!」
「いやいやそんな。無償でやってもらうのは悪いよ」
しかし、おやっさんは止まらない。
「てめぇに卸してもらった石炭の数に比べりゃあ毛ほどもねぇよ! 俺の頭も無ぇがな!」
「…………」
「笑ェェエエエーーーーー!!!!!」
凄まじい音圧に、リドゥは外まで吹き飛ばされた。
◇ ◇ ◇
改めておやっさんに別れの挨拶を済ませてから、今度は市場にて──。
「おうリドゥ。何時もの携帯食か?」
「えぇ? 引っ越すのかい?」
「寂しくなるね」
「ならアクセサリーに使う鉱石、取引先開拓しないとな」
「引っ越し祝いだ! 安くしとくぜ!」
「お気にの探索セット、二割引いてやるよ」
「引っ越し先でも元気でやるんだよ!」
◇ ◇ ◇
食料と必需品を持てるだけ買い込んだ後の表通りにて──。
「……!」
想定よりも残ってしまった退職金の使い道を考えあぐねていると、ひび割れたカップを構えて道端に座る子どもたちと目が合った。
薄汚れた孤児だった。この国には貧困街が存在しており、毎日物乞い・乞食が後を絶たない。
「…………」
リドゥは手元の残金を見つめる。
……自分のお金だし、後はもういいよな。
「よし……──」
決意を固めたリドゥは孤児たちの前へと出向き、困惑する孤児らをよそに片膝を着くと、麻袋ごと退職金をカップに収めた。
「……!? ちょ、ちょっとこれ!」
「ひぇえ!」
中身を確認するなりパニックを起こしている孤児たちにリドゥは耳打ちする。
「乱暴な人に全部盗られないよう、仲間に一枚ずつ配りなさい」
「……!? ……!!!!」
「あ、ありがとうございます! ありがとうございます!」
孤児たちは大粒の涙を流しながら、何度も頭を下げながら、路地裏へと消えていった。
◇ ◇ ◇
そして、各々への挨拶を済ませた、街の南正門にて──。
「よぉリドゥ。これから採掘か?」
「うん。もう戻ってこない」
「え?」
「それじゃ」
「あ、おい」
見張りは何か言っていたようだったが、リドゥは決して振り返らなかった。
リドゥは決して止まらなかった。
そのままリドゥは馬車の通り道を外れて、はるか遠くに広がる森の中へと姿を消した。
こうしてリドゥは、街での生活を捨てた。
リドゥは、世捨て人となった。
本日は3話目まで、30分毎に投稿してゆきます。
漫画でいう『第1話』までは今日中に投稿るのでどうぞよろしくお願いします。