最悪からの出会い
恋愛小説のコンテストに応募しようかと思って書き始めたけど文字数が足らなかったやつです。
「最悪……」
思わずそう呟いてしまうくらい、最悪な事態に見舞われてしまった。
徒歩で何分もかからないコンビニへ外出する時、いつも、ケータイとエコバッグしか持たずに出かけている。今日もいつも通りそれしか持たずに出かけてきて、コンビニで買い物を済ませた後に外を見ると、土砂降りの雨が降っていた。自分の装備はケータイとエコバッグのみ。傘なんて持っていない。
すぐにやむかもしれないが、やむのを待つのがもどかしい。コンビニにいるんだから傘を買っていけばいいかもしれないが、家には普段使いの傘があるのに、余計な傘を増やしたくない。家にはあるのに……。徒歩で何分もかからない距離だとはいえ、家まで帰るにはけっこう濡れるであろうことは確実。
もういいや、濡れて帰ろう、と思いたち、外に出ようとした、その時……。
「あの、よかったら、傘、使いますか?」
と、声をかけられた。振り向くと、感じのいい好青年だった。
「え、でも、いいんですか?」
「はい、どうぞ、差し上げますので、使ってください。困ってるみたいだったから……。あ、僕のことは気にしないでください。僕、折り畳み傘をカバンに入れてたのを忘れてて、新しいのを買っちゃったんですよ。だから、これ、差し上げます」
それを聞いて、なんておっちょこちょいでかわいい人なんだ、と思った。
「それはちょっと、いただくのは申し訳ないですよ。お金、払います。いくらですか?」
「いえいえ、本当に気にされなくて大丈夫です。ただ、じゃあ……お嬢さんの連絡先を聞いても、いいですか?」
「え? なんでですか?」
「あ、やっぱりちょっと急ですよね……。その、……一目惚れってやつです。お嬢さんがよければ、今度、デートにでも行きませんか?」
「えっ……」
びっくりして少し硬直してしまった。名前も知らない相手に、一目惚れされるなんて。
「やっぱりそんな、無理ですよね……」
私が硬直していたからか、青年はそう言ってしょんぼりと肩を下げる。
「いえ、全然、無理じゃないです! むしろオッケーです! ただ、その、ちょっと、びっくりしたので……!」
慌てて弁明すると、青年の顔がパァっと明るくなった。コロコロと表情を変える姿が妙に愛おしいなと思った。
「いいんですか?! いいんですね!? じゃあ、よろしくお願いします。デート、いつにしますか?」
「え、あ、えっと、じゃあ、今週末の土曜日、空いてますか?」
「空いてます!」
「じゃあ決まりですね。具体的な集合時間とか、どこに行くのかとか、後でまた連絡します。あ、連絡先の交換がまだでしたね」
「あっ?! そ、そうですね。連絡先……その前に、まず自己紹介をするべきでした。すいません。気持ちがはやってしまって……。僕、四宮蘭って言います。よろしくお願いします。お嬢さんは……」
「私は、谷中葵と言います。よろしくお願いします……。蘭さん、って呼んでいいですか?」
「いいですよー。葵さん、でいいですか?」
「はい。蘭さんは、年齢はおいくつですか?」
「24歳です」
「年下だ……」
私が思わず呟いた言葉を聞いて、蘭さん……蘭くんは、怪訝な顔をする。
「葵さんが僕より年下ってことですよね?」
「逆。蘭くんが私より年下です」
「え、絶対に僕より若いと思ってました。って、いうか、蘭くんって」
「ダメ? 年下だから……もう、敬語もやめでいい? よね?」
「いいです、いいです、葵さんの好きなようにしてくれていいです」
早口でそう答える蘭くんの姿を、私はかわいいなと思った。
「じゃあ、蘭くん、後で落ち着いたらまた連絡するから。傘、本当にありがとね」
「はい、気をつけて帰ってくださいね、葵さん」
「ん、じゃあね」
そう告げて、その場を後にした。
家に帰ってから、シャワーを浴びて、落ち着いて、メッセージアプリを立ち上げる。
『蘭くん、葵です。今週末のデート、どこに行くかはもう考えてある?』
『葵さん、メッセージ待ってました。デートなんですけど、ベタかもしれないけど映画館はどうですか? 見たい映画がちょうどあって。葵さんの趣味に合うかはわからないですけど……』
『映画かぁ。あんまり映画って行かないんだけど、たまにはいいかもね。じゃあ、時間はどうする?』
『お昼前くらいの時間のチケットを取って、お昼を一緒に食べましょう。朝の10時頃に映画館の前に集合ですかね』
『オッケー、それでいいよ。楽しみにしとくね』
『僕もとっても楽しみです!』
蘭くんとのメッセージのやりとりはそこで一旦、終了した。今日が水曜日だから、土曜日まではまだ何日かある。楽しみな予定を胸に秘めて、仕事をがんばろう。
仕事と家の往復をこなして数日、あっという間に過ぎて、土曜日の朝。着る服装は前日にけっこう悩んで決めていた。なにせ自分にとっては久々の「デート」である。はりきるに決まっている。はりきって決めた服を着て、メイクをしっかりして、気合を入れる。忘れ物がないかしっかり確認してから、映画館へ向かった。
「おはようー、蘭くん。待った?」
「おはようございます、葵さん。そんなに待ってないですよ」
蘭くんが、モジモジと視線を漂わせているのが伝わってきた。
「かわいいでしょ? この服」
「は、はい! 葵さんによく似合ってて、すっごくかわいいです!」
正直にそんなことを言われると、照れくさいけど、嬉しかった。
「ありがとね。そんな風に言ってもらえて嬉しいよ。蘭くんも、服のセンスいいね。似合ってる」
「そ、そうですか? 嬉しいです、ありがとうございます……!」
本当に嬉しそうにしている蘭くんが、かわいくてたまらなかった。
「あ、もうそろそろ映画館、入りますか。ポップコーンとか買います?」
「んー、この後ごはん食べるんだし、ドリンクだけにしようかな。蘭くんは?」
「じゃあ僕もドリンクだけ買います。あ、奢りますよ」
「いやいや、イマドキ、男に奢らせるようなのはナンセンスだから。私の方が年上なんだし、お金のことでそんなに気遣わなくていいよ」
「そういうものですか……?」
「そういうものだよ」
そう言って、別々に会計を済ませて、ドリンクを持って場内へ入った。
映画は、いわゆるサスペンスと呼ばれるようなモノ、と言えばいいだろうか。血がけっこう出るタイプのやつだった。年齢制限が付いている作品なのは事前に把握していたが、どういう理由で制限が付いているのかまでは把握していなかった。けっこう血が出るから年齢制限が付いてるんだろうなというのを見ていて把握した。
「ど、どうでしたか……?」
上映終了後、蘭くんは開口一番にそう聞いてきた。どう答えるのが正解か、少しばかり逡巡する。が、素直に言うべきだろうと思った。
「血がけっこう出るのがちょっと無理だったかな……。悪くなかったけど」
「あ……確かにけっこう血が出てましたね……。僕はおもしろかったんですけど、無理でしたか」
「あー、いやいや、蘭くんは悪くないからね? そんなに気にしないで」
「まあ、人によって合う合わないありますよね。とりあえず、ごはん行きますか」
「そうだね、お腹すいたー。ごはんは予約してくれてるんだっけ」
「はい、この近くのカフェです」
「ありがとー。じゃ、行こうか」
案内されたカフェは、オシャレで若い女性に人気がありそうな雰囲気のお店だった。
メニューを見ると、クリームやフルーツがたっぷり乗ったパンケーキが目についた。他にハンバーグプレートなんかがある。ドリンクはノンアルのカクテルや、トロピカルジュースなどがあった。
「おいしそうだけど、あんまりこういう……クリームたっぷりみたいなの、食べ切れるか心配になっちゃうんだよねぇ」
「そうですか? じゃあハンバーグプレートにします?」
「そんなにガッツリ食べたい気分でもないっていうか〜……。どうしよう……。ちゃんと食べ切れるモノがメニューにないかもしれない」
「じゃあ、パンケーキを半分に分けますか?」
「えっ、いいの?!」
「はい。僕はハンバーグも食べたいので、ハンバーグも頼みますけど。ドリンクはどうしますか? ノンアルのカクテルとかもいいですよね」
「んー、ドリンクは、じゃあ、トロピカルジュースにしようかな」
「そうですか。僕はノンアルのカクテルにします」
「んじゃ、決まりね。あ、ここは私が奢るよ。私のが年上なんだから、そういうことは」
「いやいや、年上だとか関係ないですよ」
「関係あるでしょ」
「平等にワリカンでいいですよ、そんなにお金に困ってはいないですから、気にしないでください」
「うーん……まあ、じゃあ、蘭くんがそう言うなら、そういうことにしましょう」
注文を済ませると、ドリンクはすぐに運ばれてきた。ドリンクを飲みながら、蘭くんが口を開く。
「映画、つまらなかったみたいで、すいません……」
「いや、いやいや! 蘭くんは悪くないから! 事前に私がちょっと内容を調べるとか、血が苦手って伝えとくとか、そういうことをしておけばよかったんだよね。ちょっと調べればわかることなんだから……。だから蘭くんが謝る必要なんてないから!」
ここまで早口でまくし立てた。蘭くんはなおも申し訳なさそうにしょげているが、いつまでもそんな顔をされていてはこちらも困るので、そろそろ立ち直ってほしい……。
「もう、本当に蘭くんは悪くないんだから、いつまでもしょげないの! 今度はちゃんとお互いの好みをもう少しすり合わせて、二人とも楽しめそうなやつ見ようよ」
「……え?」
「ん? 私なんか言った?」
「あ、いや、その……。『今度は』って当たり前のように言われたから、当たり前みたいに、今度があるのかな、って、思いまして」
「……そりゃあ、まあ、蘭くん、いい子だし、またデートを重ねて、もっと仲良くなりたいよ、私は」
「いい子って、まだ出会ってからそんなに経ってないのに」
「傘がなくて困ってるオンナに傘をプレゼントしてくれるような男の子はいい子だよ」
「……葵さん」
蘭くんが、少し不満げな目をしているように見えた。
「なに? どうかした?」
「葵さん、僕のこと、そんなに幼いと思ってますか」
「え。どうしたの、急に」
「だって、『いい子』だなんて、まるで、年下の弟を褒めるみたいに言うから……その……年下だからって、恋愛対象として見られてないんじゃないのかなって、不安になったんですよ」
「あ、ああー……」
なんて返せばいいんだ、って固まってしまった。どうしよう、この生き物、すごくかわいい。
なんて、かわいいなんて言ったらそれこそブチギレられるかもしれないけど、とにかくかわいいものはかわいい。かわいくて仕方ない。
けど、そんな風に思ってるってことは一旦は伏せておこう。
「恋愛対象としては見てるよ? 『いい子だね』なんて言った、私の言い方がちょっと気に食わなかったみたいだけど、別にそんな気にすることじゃないって。ちゃんと恋愛対象だから、安心して?」
「んー……まあ、葵さんがそう言うなら、信じます」
本当にかわいい子だ、と心底からそう思う。けど、それは言わないでおく。
「ところで、この後どうする? まだ明るい時間だけど、ショッピングにでも行かない?」
「いいですね。服とか見たいです」
「じゃ、決定」
そういうことで、お会計を済ませて、カフェを出た。色々なお店が入っている大きなビルに入ることにした。
「このワンピース、葵さんに似合いそうです」
「え〜、どれどれ〜?」
蘭くんに言われて、蘭くんが持っているワンピースを見た。フリルがたっぷりで、自分が普段は着ないようなデザインだった。けれど、蘭くんに言われると、悪い気はしなかった。
「蘭くんがそう言うなら、買っちゃおうかなぁ」
「葵さんがこれ着たら絶対かわいいですよ!」
「買っちゃうかぁ〜!」
買いました。なんてちょろいオンナなんだろうかと思いながら、抗えなかった。
「蘭くん、このピアス似合いそうじゃない?」
「ピアスですか……?」
お洋服のお返しとばかりに蘭くんに声をかけたけど、反応が良くなかった。
「蘭くんってピアスは興味ない?」
「興味ないっていうか、興味……はありますけど、怖いんですよね、痛いって言うじゃないですか。痛いのは怖いので、ピアス開けてないんですよ」
「そっか〜……。じゃあ、こっちの、穴を開けなくていいやつとかどうかな」
「へえー、そういうのもあるんですね。色々ある……」
「これなんか、似合いそう」
一つ見繕って蘭くんの前に差し出す。
「葵さんがそう言うなら、これ買いますね!」
嬉しそうにそんなことを言う姿が、とても愛おしく感じた。
ふらふらと二人で色々と見ながら歩きまわって、たどり着いたのはファンシーな雑貨屋さん。
「このぬいぐるみかわいい〜」
「本当、かわいいですね。買うんですか?」
「うーん、でも、ぬいぐるみは買わないかなぁ。大きくてかさばるし、かわいいから、部屋にあったらそれはまあテンション上がるかもしれないけど、私にはちょっと合わないかも」
「そうですか……。あ、このストラップとかどうです?」
「かわいい〜! あ、じゃあさ、このストラップ、二人で買っておそろいにしよう?」
「え、嬉しいです……! おそろい……!」
「決まりね。じゃ、買おうか」
「はい!」
おそろいのストラップなんて、ちょっと子供っぽいかなとも思いながら、蘭くんはとても喜んでくれてるからそれでいい気がした。
日が暮れてきて、さすがにちょっと歩き疲れた。
「暗くなってきましたね……。今日はもう帰りますか? それとも……」
「蘭くんは、私と一緒にいたい?」
「え? そ、それは、まあ、そりゃあ、はい……」
「じゃあ、夕飯、その辺で食べよっか、……って、言いたいけど、お洋服とか色々と買っちゃったからちょっと邪魔だよね」
「ああー、言われてみれば、そうですね……」
「……蘭くんってさ、あの、私達が出会ったコンビニから家は近いの?」
「え? そうですね、近いです」
「私もあそこのコンビニの近所なんだよね。どうせ家が近いなら、家、来ちゃう?」
「えっ、い、家?! に、行っていいんですか?!」
「そんなに驚くことかな……?」
「いや、だって、今日、初めてデートしたばっかりで、そんな、距離の詰め方が急っていうか……」
「そうかな? まあ、蘭くんが嫌なら、また後日、改めてでもいいけど」
「嫌ではないです! 断じて! 嫌ではないです! むしろ行きたいです!」
「そう? じゃあさ、テキトーにコンビニでごはん買って、家で食べようか」
「はい!」
そうして、二人でコンビニに向かった。アイスやご飯やお酒などを買って、コンビニから私の家へ。
「荷物テキトーに置いていいからねー、いらっしゃい」
「お、お邪魔します……!」
蘭くんは少し緊張で固くなっている様子で、キョロキョロしながら床に座った。
「そんな固い床に座らないで、クッションあるから使って。ソファとかなくてごめんね。狭い部屋だからさぁ」
「い、いえ、ありがとうございます……!」
私はさっそくコンビニで買ってきたお酒を開ける。
「蘭くんも食べたいの食べてね、好きにしてくれていいから」
「はい……! あの、その、オンナの人の家に来るなんて、僕、慣れてなくて……緊張しちゃって……」
「だろうね。緊張してるの、伝わってくるよ」
「うっ……こんな緊張しちゃうの、ダサいですよね……」
「そう? 別に、いいんじゃない?」
「そうですかね……」
「そうだよ、私はそんなことでダサいとは思わないから、安心してくれていいよ」
「……葵さんに言われると、ホッとします。ありがとうございます」
「お礼を言われるようなことじゃないよ」
「……葵さんは」
「んー?」
「葵さんは、今日、一日、僕とデートしてみて、僕のこと、どう思ってますか?」
蘭くんの真剣な眼差しに、真剣に答えなくてはいけないと理解した。
「それは……なんて言っても、怒らないで聞いてくれる?」
「葵さんに何を言われても僕が怒るようなことはないと思いますけど……」
「ん、じゃあ、話すね。……正直に言って、正直に言うんだけどね、めちゃくちゃかわいい子だなぁって思いました。って、言うと、怒られるかもって思ってたんだけど。かわいいって、別に、女の子みたいとか、侮辱したいわけではないんだよ。かわいい、って、最上級の褒め言葉なんだよ、私にとっては。本当に、めちゃくちゃかわいくて素敵な男の子で、なんでこんなに素敵な男の子が私のことなんて好きになったんだろうって思ったよ。……そういう感じ」
「かわいい……ですか……。かわいい、ってのは、確かに、ちょっと複雑ですけど、でも、わかりました、葵さんにとっては、そういう感じなんですね」
「蘭くんの方こそ、私に幻滅したりしてない? 私のどこが好きなの?」
「幻滅なんて、しませんよ。葵さんは素敵な人だなって思います。どこが好き……って言われると、わかんないんですけど……。最初は一目惚れでした。今日、一日、一緒にいて、本当に素敵な人だなって思いました」
「素敵な人だと思う要素あった〜?」
「ありましたよ! だから、その、これからも、もっと、デートとか、いっぱいして、仲良くなりたいです! ……だから、あの、僕と、恋人同士になってください!」
「……改めて言われると、ちょっと照れるね。でも、ありがとう、ちゃんと改めて言ってくれて。私も、キミと恋人同士になりたいです。これから恋人としてよろしくね、蘭くん」
「はい……!」
こうして、私達は晴れて恋人同士になった。これから、どんな日々が待ち受けているんだろうか。
不安も心配もあるけれど、蘭くんと一緒なら、幸せな毎日を過ごせる気がした……。
〈了〉