【一場面小説】官兵衛、小六のグルメ 伯耆の段
伯耆国は概ね加勢蛇川を境にして西は毛利、東は羽柴となった。一度は羽柴のものとした八橋城はあらためて毛利に譲ることとなったが、なんともややこしい話だ。
ここは毛利に押し返された格好だが、家康との戦いに注力するには妥協も要る。
「六どの、南条殿が我らに夕餉を用意してくれましたぞ。」
来た来た、此の刻よ。こちらは一切妥協なし。この蜂須賀小六が伯耆国の幸を喰らい尽くしてくれるわ。いざ出陣!
「ほう、蒲鉾か。女、何の蒲鉾じゃ?」
「あごの竹輪にございます。」
「あご、竹輪?」
「六どの、此頃は竹に巻いて焼いたのは、竹輪蒲鉾と呼ぶようですぞ。」
はいはい、黒田官兵衛尉様は何でもよくご存知で。ふんっ、どっちでいいじゃねえか。ちくわ?でも蒲鉾でも。
「、、。あごとは?」
「飛魚にございます。羽が付いて水面を舞う青魚にございます。」
飛魚とはこれ如何に。魚に羽が付いとるなぞ聞いたことがない。騙されてるのかなぁ、中年だから。誂われて。いやいや。世の中知らぬことは未だ未だあるのだろう。ここは女の言を信じて、、
お、中々の歯応え。よし、手掴みで行くぞ。これを野卑に食いちぎる。これが野武士、小六流。アハ。香ばしい上に旨味もしっかりしておるわ。
コイツはいくらでもいけそうじゃが、食べ過ぎるとあごが疲れ、、あ、だから、あご、か。
お次は汁をもらうとするか。ん、出汁は川ガニか。沁みるなぁ、この素朴な味わい。飾らない、気取らない。やはり田舎料理が性に合うわ。
そう言えば、お寧も松も若い頃は田舎娘の素朴な色気があったよなぁ。将右衛門はお寧派、ワシは松派。ちょっと気の強いところが堪らんのじゃあ。ウヒヒ。
「南条殿は八橋城に執着がある様子。毛利に返すことになり申したが、、六どのは如何思われますか?」
「?ん、そ、そうだな、南条の執着。ん〜南条はどっち派か。」
「?まあ、どっちも何も我らに寝返った訳で。羽柴派、でござろう。」
分かった分かった。南条元続に不平があるかもって事でしょ、それぐらい知ってますよ。もう、飯に集中させろよ。
あ、何だこれ。この黒いの。もしや、これはあの羊羹?しかも砂糖入りの。南条ならあり得る。あやつ中々雅だから。あ、先だっては菓子を黒官にとられたな。
策士め、今度ばかりは取られてなるものか。早めに食っとこう、、、エッ、味が無い!ナニコレ。
「お、女、これは、、」
「いぎすと申しまして、寒天のような精進料理にございます。」
「いやはや、ワシは羊羹かと思うとったぞ、女。六どの、某はもう充分故、お好きようなので差し上げます。」
「!う、うむ、、頂こうか。」
僅かながら口に広がる潮の香り。旨い、不味いを超越した何処か「無」を思わせる精進料理をひたすら食べる蜂須賀小六。どこか気がかりなものを残しながら、伯耆国の夜は更けていくのであった。
了