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第八話 初恋の少女と忌児の王

※アサキ視点です。

 兄貴から、なぜか風呂に入れと言われて湯殿に押し込められた。

 川に飛び込んだのだから仕方のないことだとは思うが、式典の前でもないのに女中たちが嬉々として背を流しにやってくるのは許容できない。

 自分たちの甘やかな肌と同じ質感にしようとでもいうのか。全身に何やら塗り込んで髪まで洗って梳かしていく。


 兄貴ほどではないが、女性に触れられるのは苦手だ。

 滅多に自分からは触れないようにしている。


 忌み児だと蔑まれていた俺達に触れられるのは、向こうが嫌だろうと思うから。






 * * *




 俺と兄貴は忌児(いみご)だ。


 豊原でも比良坂でも禁忌とされる、双児(ふたご)の男児。


 しかも、ただの双児ならまだよかった。


 本来ならきちんと体を二つに分けて生まれてくるところを、俺達は一つの体に二つの(たましい)を宿して母の(はら)から出てしまった。



 それを知った一族は嘆いた。

 けれど、那由多の直系の子は俺達だけだった。

 那由多の血を継いでいた母が、俺達を産んだせいで亡くなってしまったから。

 兄貴か俺が、家を継ぐしかない。基本的には長子の兄貴が継ぐことになる。


 嘆くだけだった一族の者たちは、どちらかを跡継ぎにすべく俺達に期待と教育を施した。


 そして数年後、唯一俺達を人間扱いしてくれていた親父が亡くなって、俺は逃げるように外へ出た。

 家を背負う重圧から部屋を出られなくなってしまった兄のため、と言い訳をして。

 期待の目が怖くて他人の目を見れなくなってしまった兄の目に、外の景色を映してあげるために。


 半分はその名目通りだけれど、もう半分は、ただ、誰かを探していたのかもしれない。

 俺達を怖がらない、気味悪がらない、選んでくれるひとを。



「ほら、こわくないわよ」


 屋敷の外では蜘蛛や鼠に姿を変えて忍んでいたけれど、それを幼い少女達に見つかってしまった。


 どこかの屋敷の庭だったように思うが、どうやって入れたのかすら覚えられないくらい広い屋敷。

 土蜘蛛だと金切声で叫ばれて、怖くなって震えることしかできなかった俺を、一人の少女がすくい上げてくれた。


 ちいさな指でやさしく撫でられて、思わず目を細めてうっとりとしてしまった。

 父以外の誰かに頭を撫でられたのは久しぶりだ。

 それなのに、びっくりした俺はその指を傷つけてしまった。


 心配で、逃げたふりをして少女の後を追うと、少女は妹を傷つけた罰として土蔵で父親らしき男に叩かれていた。

 何度も何度も。

 その間少女は、一度も妹や自身を傷つけた蜘蛛(おれ)への恨みを言わなかった。

 ただ黙って痛みに耐えていた。


 俺のせいで、あんな辛い目に合わせてしまった。

 謝りたかった。

 大きな目から零れないよう、必死にこらえ続けていた涙をぬぐってあげたかった。



 急いで帰って、この出来事を兄に伝えた。

 体は一つでも、俺達はあの部屋の中でなら会話をすることができる。

 俺が体を使っている間は、兄貴は幽霊のようにふわふわとした(たましい)だけの存在になっていて、皆には見えないらしいが、俺にだけははっきりと見える。喧嘩だってできる。


 兄は俺の話を珍しくにこにこと笑顔で聞いていたかと思うと、「その娘を花嫁にしよう」と言った。


 兄貴が外のなにかに、他人に興味を持ったのははじめてで、嬉しかった。

 興味を持ったのがあのやさしい手の少女だということも、嬉しかった。

 それを俺が見つけることができたということが、嬉しかった。


 那由多を継ぐのは兄貴だ。元服して嫁を娶れば、その地位は盤石になる。

 俺達を忌児だとか、兄貴を幽鬼扱いするようなやつらは、比良坂にはいなかった。

 産まれた時に落胆していた連中は、父が死ぬ前に年月をかけて説得してくれた。

 比良坂で迫害されたことはない。けれど、兄にはもっと自信を持ってほしい。


 頭が良くて、俺にできない術も使えて、なんだってできる。

 弟に気を遣ってほとんどの時間この体を俺に明け渡してしまう、優しい兄。


 兄貴の為に、もう一度あの子を探し出そうと決意した。



 けれどそれは意外にも難航した。


 まだ幼かった俺は、遠く離れたあの屋敷までの(みち)も、あの少女の名もおぼえていなかった。

 少女はあの家の中で疎まれ、存在を隠され、名すら満足に呼ばれていなかったから。



 ようやく彼女を見つけたとき、その体は縛られ、水の中だった。


 急いで縄と絡みつく因果の糸を断ち切ったが、引き上げた少女はもう、息をしていなかった。


「なんで……なんでだよ!!」


 あの時ほど、神を呪ったことはない。

 しかし嘆いてただ涙しているような暇はなかった。

 濡れた睫毛は白い肌に張り付いたまま、瞼も頬も冷えて青白くなってしまっている。

 急いで兄貴に力を借りた。


 兄は外へ出られない代わりに、人の(たましい)と夢を繋げることができる。


 俺の命と沙矢の命を、夢の中で繋げてもらった。



「気持ち悪い」

「呪われてる」

「なんでこんな娘が宗家に」


「姉なんだから、真矢にすべて譲りなさい」


「ねえさま、長女の日女は私に譲ってくださるわよね?私、皇子様と結婚したいの!」



「沙矢、お前は今日、日葦家のために、死になさい」



 繋がった瞬間に、声が流れ込んできた。

 一族からの怨嗟の声。呪いのような声。

 すべてを奪っていった妹。そうさせた父親。

 彼女を呪っていたのは、彼女の周りのすべてだった。


 息を吹き返したまだ意識の戻らない体を、思わず強く抱きしめる。

 彼女を呪う、呪おうとするすべてから、守ろう。


 今度こそ、もう、涙を流させない。




 * * *



 あの時の細い感触を、腕の中に思い出してしまって頭を振った。


 沙矢は無事に、あの夢の中で契りを交わした。兄貴のふりをした俺と。

 これで兄貴と一緒になって、花嫁を得た兄貴は那由多を正式に継ぐ。


 この体も、兄が望むならできるだけ兄に明け渡そう。

 汚れ仕事や力仕事は俺がやる。頭を使う作業は兄貴が。今までも、これからも。

 そうすれば俺は、兄貴と沙矢と、ずっと一緒にいられる。


 そう思ったのに……



「綺麗だ……」



 兄に伴われて現れたのは、天女かと見まがうほどにうつくしい、女性。


 こんなことを思うなんて、もう俺は正気ではないのかもしれない。


 兄のために、見つけてきたはずなのに。

 兄と一緒になってほしかったのに。


 幼いながらもやさしさに溢れた声。あたたかい手。輝くような笑顔。青みのかかった、雄大な河のような豊かな髪。 


 そのすべてを欲しいと、全身が訴えている。


 目の前で恥ずかしそうに身を縮こまらせている少女は、兄貴の横で婚礼衣装のような純白の着物を身に纏っていた。

 もともと整った容姿の娘だったが、磨かれ、ぼろぼろだった髪も肌も整えられ、信じられないほどに綺麗な女性になっている。


 それは、ずっとずっと、会いたいと願い続けた初恋の少女。

 この少女を、沙矢をもう、兄には渡したくないと思ってしまった。

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