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第四話 勘違いのヒメと引き篭りの王

 川に落ちて、泣いて、そんなみすぼらしい格好のまま、私は兄上様にお目通りをすることになってしまった。


「こんな姿で大丈夫でしょうか……」

「大丈夫だろ。それよりさっさと会ってやらねえと、待ちくたびれて兄貴が死ぬ」


 集落の一番奥に建つ、洞窟に埋め込むように作られた大きな屋敷。

 ここは、那由多家という、この集落の長の一族が代々住むお屋敷なのだそう。


 育った日葦の屋敷とは比べ物にならないほど、大きい。都に住む大皇(おおきみ)のご親戚だと言われたら頷いてしまうほどだ。

 入口から奥まで続く廊下に、私が見ても高価だとわかるほどの調度品が、品よく並べられている。

 こんな豪奢なお屋敷に住んでいるのだから、きっと兄上様は本当に王のような方なのだろう。


 そして弟であるアサキさんも。敷居を跨げば使用人と思しき男女がすぐに出迎え、帰還したアサキさんを丁寧に介助した。


 アサキさんはそんな皆さんを流れるように断り、どんどんお屋敷の奥へ進んでいってしまう。私にまで手を貸してくれようとした女中さんへ申し訳なくも謝りながら、私も小走りで後を追った。


 詳しい事情はわからないが、アサキさんの兄上様は、私にとても会いたがっているらしい。

 一度もお会いしたことなどないはずなのに。


 日葦宗家では、失礼にならないよう私は来客のあるときはなるべく土蔵から出ないようしていた。

 豊原の式典にも、一度も出たことはない。

 どこかでお会いする機会が、まったくないのだ。




「兄貴ー!連れて来たぞ!入るからな!」


 大きな戸口の前にはたくさんの壺が置かれ、戸には(かんぬき)がかけられていた。

 ご当主の部屋のはずなのに、なぜ外から閂やお(ふだ)をつけているのだろう。


 戸惑う私にアサキさんは躊躇もせず壺をどかし、戸を開け始めた。

 

「あの、お返事を待たなくてよいのでしょうか……」

「いいんだよ、連れて来いって言ったのは兄貴だぞ?アンタも手伝ってくれ」

「は、はい!」


 壺をすべて退かし、どんな意味があるのかわからないお札を剥がし、アサキさんが閂を抜いてようやく戸が開いた。

 軋む音を立てる戸をそのままに中へ入ると、部屋は薄暗く、以前に私が暮らしていた土蔵よりも光が届かない場所だった。

 そういえば、ここへ来る間に見た比良坂は、昼間だというのに薄暗かった。日の差しにくい土地なのかもしれない。


 暗い、灯りのない室内を、アサキさんに着いて歩く。室内に乱雑に置いてある調度品を壊さぬよう、足元に注意を払って。

 どの調度品も、日葦家にあったものより、入り口に並べられていたものより、高価なものだ。

 川に落ちたそのままの格好というだけではなく、私のような者がお部屋に入ってしまって、本当に良かったのだろうか。


 おずおずと進めば、うっすらと目が暗闇に慣れて来た。最奥には寝台があるようだ。もぞりと波打つ布塊が見える。


「お、いたいた。兄貴、言ってたヒメを連れて来たから、相手をしてくれ」

「な、なななな!なんで返事をする前に入ってくるのさ!!」

「なんでって、兄貴がはやくさっさと迅速に連れて来いって言うからだろ」

「まだ準備できてないのに!寝起きだよこっちは!こんな姿見られたら死ぬ!!いいから一回出てってくれ!」

「はあ!?なんで昼過ぎまで寝てるんだよ。それに準備なんていらないだろ、何年も探してたアンタのヒメだぞ!?」

「いいから……あっ!!」


 寝台にかかっていた薄布が捲れ、中から押し出されるようにして一人の青年が転げ出てきた。(アサキ)さんに追い出されたのだろう。


 流れるような長い髪は、夜の帳と同じ色。そして、驚き見開かれた瞳は、あか


「やっぱり!水底でお会いした“那由多様”は、あなた様だったのですね!」

「ひぃ!?ほ、本物!!」

「この度は、助けていただきありがとうございました。このような格好で、またお礼に参ずるのが遅れてしまいましたこと、おゆるしください!」


 最大限低く、体も頭も床に擦り付けたつもりだったのに、青年は固まり黙ってしまった。

 恐る恐る顔をあげると、アサキさんがなんとも言えない顔をして立っていた。


 さきほどまで目の前にいたはずの御方は、寝台の柱の陰から半分隠れてこちらを見ている。

 背幅があるので、本当に半分しか隠れていない。


「すまん、兄貴は人見知りなんだ」

「え……?」

「あの、さ、ささサヤヒメ……その……」


 動揺したように途切れ途切れになる声は、水底で聞いたものとは、違った。

 様子からして初対面だ。あの夢のような場所で会ったひとは……


「あああアサ!無理だ!!」

「あー……わかったわかった、一回出るから」


 ため息を吐くアサキさんに促され、私達は揃って部屋を出た。

 戸を音が鳴らないように閉め、アサキさんが頭を下げる。


「兄貴は人と話すのが苦手なんだ。滅多にあの部屋から出ないし、屋敷からは出られない。アンタには会いたがってたし自分で助けたくらいだから、大丈夫かと思ったんだが……悪い」

「いえ。私、勘違いしてしまったのですね……」


 恥ずかしい。


 望まれていると、求められていると思ってしまった。

 それもあんな、溺れた際に見た夢の話などして。


 いきなり知らない女からわけのわからない話をされて、気持ち悪かったに違いない。

 人と話をするのが苦手だと言うのなら、なおさらだ。


「……ごめんなさい、私、出て行きます!!」

「え!?」


 アサキさんの顔も見ず、失礼だとは思うが一礼して私は走り出した。

 長い屋敷の廊下。転ばぬように、角を何度も曲がる。

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