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最終話 雨の乙女と冥府の王

 私の指には黒い()(きら)めいているけれど、私はまだ正式な那由多のヒメではないのだそうだ。


 なぜなら、私が兄と弟のどちらか、きちんと選んでいないから。


 誰のお嫁さんになりたいか、と言われても、困ってしまった。

 私は今までなにかを“選ぶ”ということをしたことがなかった。


 綺麗な衣装や宝飾品は、すべて妹の真矢が選んで身に着けるものだったし、食事は一族の中で最後に摂っていた。

 真矢や従兄弟たちは「これが欲しい」だとか「あれが食べたい」といったことを言っていたように思うけれど。


 選ばれることの喜びを知った。

 けれど、

 選ぶことは、自由になった今でも、難しい。


 答えられず立ち尽くしてしまった私に、二人も困ったことだろう。

 選べるまではここにいてほしいと乞われて、しばらく生活を共にさせていただくこととなった。


 もちろん私も、屋敷の仕事をさせてもらうことにした。


 那由多家の使用人の方は、下男下女に至るまで皆優しく、仕事はとても丁寧な方ばかりだった。

 おそらく、アオイさんやアサキ、前代のご当主が人を大切にする方なのだ。ただの居候である私にまで、とても誠実に接してくれた。

 町の人もだ。


 はじめて私の髪を褒めてくれたあの少年だけでなく、比良坂の人々は皆穏やかで、日々の暮らしに満足して生きていた。

 どうしてこの人達を「土蜘蛛」などと呼んで迫害するなんて、ひどいことが出来たのだろう。


 私は、この人たちを守りたいと思った。

 そしてこの人たちを守っている那由多の人々を尊敬した。


 日葦の家は、互いを尊重し敬うことに欠けていたと思う。

 私も父も妹も、もう少し、互いをきちんと認めあうべきだった。



 アサキは、次の日からなぜか私に料理を作って振る舞ってくれるようになった。

 もともと料理が好きだったというわけではなく、女中の方々に交じってはじめて作ったのだそうだ。


 振る舞われた料理は正直、冷めた残飯に慣れていた私でも、飲み込むのに苦労する出来だったが、それも回を重ねるごとに上手くなっていった。

 これが美味しかったあれをまた作ってくれたら嬉しい、と褒めると、子供のような笑顔で喜んでくれて、私はその顔を見るのが楽しみになった。


 アオイさんは、ほとんど変わらず、お部屋で過ごしている。

 那由多の敷地内であれば体を使わなくても移動ができるはずなのに、引き篭りっぱなしは衛生上よくない。たとえ体をアサキにまかせていても、だ。

 私は家の仕事を手伝う合間に、できるだけアオイさんを庭園や書庫など、彼の気の向きそうなところへ連れ出した。


 彼は意外にも、と言っては失礼だが、花が好きらしい。

 あの庭園に植えられていた苗は、すべてアオイさんが指示して植えさせたものなのだそうだ。

 長年、地形上の日当たりの問題か花が開くことはなかったが、なぜか最近は日照が良くなったそうで、花が、咲いた。


「見てくださいアオイさん!花が咲きました!」

「おおー」


 こちらへ来て、花の世話をするようになって三月(みつき)、ようやく庭園の花が咲いた。

 アサキへ伝えたら「まず兄貴に見せてやれ」と体を替えられてしまった。たしかにそのとおりだ、と、アオイさんを呼ぶ。

 彼は切れ長の目を細めて、いとおしそうに薄紅色の花弁へ微笑んだ。


「絵師でも呼んで納めさせようか」

「素敵です。それほど喜んでいただけて、花達も喜んでいますよ」

「そうだね、神絵師を呼ぼう、神絵師」


 アオイさんの言葉は相変わらずの早口で、時々聞き取れない単語が出る。



「サヤヒメさ、そろそろ決まったんじゃない?」


 どの花を描かせるか、ひとり呟いていたアオイさんが振り返り、問う。

 それはヒサナさんからも、他の侍女や町の方々からも聞かれていた。

 彼らは皆、自分たちの大好きな王に伴侶ができることを願っている。


「なにも選べなかった君が、花を咲かせたいと肥料を選び、日の当たるところへ苗を移動させた。自分から行動できた。花が咲いたとき、誰に一番に見せたいと思った?」

「それは、……あ、アオイさんです……一緒にお世話をしたじゃないですか」

「あれー?じゃ、じゃあ、食事は?君は最近、自分で食べたいものを言えるようになったそうだね。しかもそれは全部、弟の作った料理の中から選んでるんだって?」

「だって、あれはアサキが……私の為に作ってくれたのが、嬉しくて……その…………」


 アサキの嬉しそうな顔を思い出すと、頬が熱くなる。

 こんな顔を、アオイさんを通してアサキも見ているのではないかと思うと、恥ずかしい。

 すべての記憶を共有してはいないと言ってはいたけれど。


「選べません……その、ずっと一緒にいたいです」

「えっ」

「お二人とずっと一緒にいたいです!アオイさんの為に何かをするのは楽しいです!アサキに笑ってもらえると嬉しいです!もっと笑っていてほしいです!!」

「声でっか」


 一世一代の告白のつもりだった。

 顔が熱を持って仕方がないから、きっと真っ赤で、見れたものじゃない。

 こういうときアサキは「照れてる顔がかわいいぞ」とかどうとか、適当なお世辞を言う。

 ああ、思い出すと余計に顔が熱い。

 アオイさんとお話ししているのに、いつもアサキのことばかり考えてしまって失礼だ。


「あー、もう!そんなこと言われたらダメなんて言えないじゃん!そうだね、もうしばらくはこれでいいか。でもそれって、ほとんどどっちを選んでるかわかってるようなもんだからね?

 花が咲いたことを、一緒に世話した相手より先に伝えて、食事を一緒に摂りたくて、笑顔を見ると嬉しくて、もっと笑ってほしいと思うなんてさ!」


 アオイさんは珍しく声を張り上げて、まるで自分の中のアサキにも伝えているようだった。

 最後に「リア充共が……」とまたわからない単語で唇を尖らせたが、怒った様子はなさそうだ。


 ふと、手の甲に冷たいものを感じて見上げる。

 ぽつぽつと、静かに雨が舞っていた。


 晴れた空に散る雨粒は不思議に光って、天地(あめつち)を繋ぐ。

 晴れの日も好きだが、今は、雨も好きだ、と、そう思えるようになった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

次話は妹達のその後になります。

評価等いただけると、大変喜びます。

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