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第一話 呪いの日女と祝いの日女

※日本神話風ファンタジーです。

 無数の糸が絡みつく。

 流れる水の中、耳の奥で反響する怨嗟(えんさ)の声。


 なにがいけなかったのだろう、と、涙を泡沫(うたかた)にして、


 後悔の残る頭の中、何度も何度も繰り返した。



 * * *



「ねえさま、ねえさま、なんとかして!」


 一つ違いの異母妹(いもうと)は、泣き虫で甘え上手な愛らしい少女だった。

 “忌児(いみご)”と囁かれる私とは正反対の、一族全員から愛される存在。



 宗家(そうけ)に生まれた待望の日女(ヒメ)であった私、日葦沙矢(ひあしさや)は呪われていた。



 なにしろ、産まれ落ちたその日は五十年に一度と言われた大雨。川からあふれた泥水が地を埋め尽くし、何人もの民が流された不吉な日。

 日葦家は、神代の時より続く日神に連なる家系である。

 その家の長女の生まれた日が雨では縁起が悪い。


 そのうえ、私を産んでくださった母は、出産時の傷がもとでそのまま亡くなってしまった。

 さらには命をかけて産んだ赤子は一族ではありえない、父にも母にも似つかない曇天のような青黒い髪色をしていた。「幽鬼のよう」「気味が悪い」と使用人からも指さされ、果てには亡き母の不実を囁く者さえいた。



「たすけてねえさま、土蜘蛛(つちぐも)よ、真矢(まや)こわい!」


 数えで十になったばかりの頃だった。


 真矢(いもうと)は屋敷の庭で土蜘蛛を見つけたと言って、一緒に遊んでいた私の背へ隠れた。

 日葦家直系の特徴。色素の薄い赤茶の髪がふわふわと揺れる。まるで春風に遊ばれているように。

 かわいい、たったひとりの私の妹。


 当主の父には五人の妻がいたが、日女(むすめ)は正妻である亡き一宮(いちのみや)が産んだ私と、三宮(さんのみや)が産んだ真矢だけだった。

 真矢はとにかくかわいがられ、八つにして自信と期待に溢れた、輝くような容姿の日女(ヒメ)になっていた。


「だいじょうぶよ真矢、あんなに小さな蜘蛛よ。土蜘蛛なんて、おばあさまがお話しする御伽話(おとぎばなし)の生き物なんだから」

「でも……目が赤いわ。きっと鬼の仲間よ。ねえさま、おいはらって!」


『悪いことをすると水のなかから土蜘蛛があらわれて、ちいさな子供を食べてしまうよ』


 この豊原(とよはら)の地に伝わる昔話。

 子供を早く寝かせるための言い伝えだ。


 真矢は怖がりながらも、後ろからぐいぐいと力強く私の背を押してくる。

 彼女が怯えて指差す(くさむら)の中には、手のひらほどの大きさの子蜘蛛がいた。


 たしかに、光る無数の目は赤くも見える。だが、こんな小さな土蜘蛛(あやかし)などいない。土蜘蛛と呼ばれる異形の鬼だったとして、こんな小ささでは人間を食べる力なんてないだろう。


「普通の蜘蛛よりちょっと大きいだけで、まだ子どもよ。ふさふさしていてかわいいわ」


 蜘蛛を傷つけないよう、そっと掬うようにして両手で持ち上げる。

 蜘蛛は意外にもおとなしく、私の手のひらに収まった。

 このあたりの蜘蛛は毒を持たず、基本的に人を傷つけることもなく無害だ。

 黒い毛並みは虫というより、(ネズミ)土竜(モグラ)に近い。指にふさりと絡む長い毛足を撫でてやると、紅の眼はやんわりと細められた。まるで子猫だ。


「かわいい……」


 妹にも見せてあげよう、と「ほら、」と差し出すが、小さな手に払われてしまった。

 驚いた子蜘蛛が、私の手のひらからあわてて飛び降りる。


「いやっ!きもちわるい!ねえさまのいじわる、そのバケモノをどっかへやって!」


 突然の甲高い声と出てきた手にびっくりしたのだろう、私の薬指に爪が立てられて血が噴き出た。


「あっ……」


 逃げてしまった蜘蛛。

 泣き喚き続ける妹に、大人たちが何ごとかと集まってくる。


「何をしている!真矢を泣かせたのか!?」

「父上、違うのです……」

「言い訳をするな!姉の癖に、どうしてお前はいつも真矢をいじめるのだ!本当に底意地が悪い!」


 父に私の言葉が通らないことはいつもだった。


 けれど、蜘蛛の子がいたせいだとは言いたくなかった。父に見られたら、きっと殺されてしまう。

 黙ってうつむくしかなかった私を、父はそのまま土蔵へ連れて行き何度も竹の棒で叩いた。

 真矢(いもうと)を危ない目に合わせた罰として、一晩出してもらえなかった。治療もされなかった指の傷は、その後も薄く残ることになる。


 そして私はその日から、「土蜘蛛の呪児(のろいご)」と呼ばれるようになった。





 * * *



 左の薬指の根元には、十六になった今でもうっすらと、赤く傷痕が残っている。


 あの時の蜘蛛を恨むことはない。むしろ、あのあと屋敷から上手く逃げられたのか心配だ。

 蜘蛛は、この土地では「鬼の化身」だとか「黄泉(よみ)(つか)い」と言われ、どこへ行っても歓迎はされないから。


 幼い妹が拒絶したのも無理はない。あのときのことは、父の言う通り私が悪かった。

 もっと、姉として妹を怖がらせぬようにうまく対処するべきだったのだ。



 荒縄に縛られた手首をそのままに、沈みかける夕日に手のひらをかざした。

 まぶしい。

 やはりあの子はお天道様(てんとうさま)に愛されている。


 真矢の祝言(しゅうげん)である今日は、朝からずっと雲一つない空だった。


 おばあさまから聞いた話では、彼女が産声をあげた途端、花曇りだった空が晴れ、天が祝うように日が差したという。

 一族は真の(・・)日女の誕生に歓喜し、その祝宴は三日三晩続いた。


 そんな彼女の婚礼だ。毎年の誕生の宴とは比べ物にならない豪華さで、きっと七日七夜くらいは宴が続くのだろう。



「おい、日葦沙矢。出ろ」

「はい」


 牢番にようやく重い戸を開けて貰い、外へ出た。

 遠くで酒宴の喧騒とお囃子(はやし)の音が聞こえる。


 この地を統べる大皇(おおきみ)には、齢十八になる皇子(おうじ)様がいらっしゃる。

 このたび、日葦宗家長女(・・)の日女・真矢は皇子と婚姻を結んだ。

 もともとは、皇子は私と婚約をしていたのだけど。


 嫁ぐのは皇家を支える四家の中から、それも分家は認められず宗家の長女でなければならないという決まりがある。

 土蜘蛛の呪児などと指さされる本物(わたし)では、成りえないのはわかっていた。

 生まれた時に決められただけの結婚は、いつかはなかったことになるだろうとは思っていたけれど、少しだけ、嫁入りに夢見ていた部分もあった。


「あの……私は、どこへ行くのでしょうか」

「黙って歩け。ああ嫌だ……こんな呪われた女の処刑なんて。土蜘蛛の呪いが俺にまで来たらどうしてくるんだ」

「大丈夫ですよ。そんなものはありませんから、安心してください」


 私には、誰かを呪うような力はない。

 あの時の蜘蛛だって、毒も呪いも持っていないだろう。


 押されるまま、手を縛られているので歩きにくいけれどしっかり転ばぬよう、脚を進める。自分の処刑場へ向けて。


 実は日葦の敷地を出たのは、これがはじめてだ。

 忌児だ呪児だと言われたけれど、十六年間、家の中で大事に育ててもらった。

 父や祖父の躾は厳しかったが、衣食住の心配をしなくてすんでいた。荒野で果ててしまう民が大勢いることを思えば、私は恵まれた方だ。


 可愛い妹の、皆が祝福する素敵な祝言も見れた。

 あとは本物の長女の私が事故死か病死でもすれば、彼女が本当の長女になれる。


 本来ならもっとはやく殺されていたところ、妹の晴姿(はれすがた)が見たいからと先延ばしにしてもらっていたのだ。

 お願いを聞いてもらい、ありがたいことだ。

 皇子様は見目も良く穏やかな人物だと聞いたから、きっと真矢はしあわせになれるだろう。


「外って、綺麗なんですね……」


 遠くの山の()へ消えようとする夕日。

 空は赤く、紫に、(くろ)に、色を変えて。

 同じ色に染まった稲穂の輝き。全身を薙ぐ風。乾いた穂の匂い。


 天地(せかい)はこんなにうつくしいのに、私は狭い屋敷の中で、さらに薄暗い土蔵の中にばかりいた。


 薄青になった向こうの空に星が瞬き始める。


「意味の分からないことを……一族中から忌み嫌われていたっていうのも頷けるな。これ以上呪いを振りまく前に、死んでくれ、呪われた日女」


 どん、と背中に衝撃が来て、地の感触を楽しんでいた足が宙に浮いた。


 空の良く見えるここは崖上だった。

 私はみごとに、崖から蹴り落とされたのだ。


 振り返り見たのは、嫌悪に染まった、目。

 せめて手の縄を解いてくれても、と伸ばした手に込めた願いを聞いてもらえるはずもない。

 逆さになるまま諦めて、最期にこの綺麗な景色を目に焼き付けてゆこうと瞼をこじ開けると、もう、そこに空はなかった。


 どぼ、と水が、鼻から、耳から、口から入ってくる。


 見えない。

 お日様が、見えない。


 崖下に大きく広がった川は大蛇のように私を飲み込む。

 もがくことも出来ない私に、さらに糸のように変えた水を、幾重(いくえ)にも巻き付けていった。

長期連載の息抜きに、少し短めなものを。

面白かったと思われましたら、評価等いただけますと嬉しいです。

どうぞよろしくお願いいたします。

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