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42、呪いの輪廻


 扉を開いて、一歩足を前に踏み出すとそこに地面はなかった。思いっきりバランスを崩して、扉にしがみつくこともできず真っ逆さまに落ちていく。


 僕が出てきた扉がどんどん小さくなっていった。


「ゔあああ————!!!!」


 えええええ!! これは記憶の中だよな!? なんでこんなリアルな実体験してるんだ!? これ落ちたら死ぬのか? 

 え、死ぬのか!? 治癒魔法が使えれば、意識さえあればなんとかするんだけど!!


 慌てふためいて、最悪のパターンを想像していたら、不意にふわりと優しい風が僕を包み込んだ。


「あ……青龍……?」


 どうやら僕は青龍の記憶を見ているようだった。さっきのは落ちていたのではなくて、急降下していただけだった。

 いや、マジで死ぬかと思った。


『お母さんっ!! 正気に戻って! 私よ、ルナよ! 思い出して!!』


 悲痛な叫びが胸を抉るように突きささった。

 ルナって……僕とマリンの娘。お母様って、マリンのことだよな!?

 ルナの視線の先には、正気を失った聖竜クイリンがいた。


「え……どうして!? 聖獣も配置して結界も補強したのになんで!?」


 思わず声を上げてしまったけど、誰も答えてくれない。やはり記憶の中だから、ここから読み取るしかないみたいだ。


『お姉様、このままではウロボロスの封印も解けてしまうわ!』

『本っっ当にあのバカ親父っ!! お母さんにちゃんと伝えてから転生しなさいよねぇぇぇぇぇ!!!!』


 ブチ切れながらも懸命に結界を張り続けている。


『それについては激しく同意するわ。お父さんが死んだと思って、お母さん暴走しちゃったしね』


 え。嘘だ。

 僕はちゃんとマリンに伝えたのに、何故だ!? もしかして伝わってなかったのか?


【貴様ら全員呪ってやる————】


 そこで封印される間際のウロボロスの言葉を思い出す。


 あの時、ウロボロスがなにか仕掛けた? 僕はマリンの魔力を注意深くスキャンした。

 ほんの少しだけ、マリンの魔力に別の魔力が混ざっている。これはカリンが受けた呪いと同じ魔力だ。ウロボロスは封印される間際に、爪痕を残していた。そのせいで、僕の意図がマリンに伝わっていないんだ。どうやったのかわからないけど、マリンは僕がこの世から消えたと思っている。


 どうにかしたいのに、記憶の中では僕はなにもできない。与えられる情報を受けとめるしかなかった。

 今の僕なら、なにかできたかもしれないのに。青龍の感情と僕の感情がリンクする。僕は役立たずだと。


『ニナ! 貴方はこれからこの国を治める大聖女になりなさい』

『えっ、なにを言っているのよ!?』

『このままではニナの言う通り、ウロボロスの結界が破れてしまうわ。そうなってしまったら、お父さんとお母さんが報われない』

『待って……まさか、お母さんの代わりにウロボロスを封印するつもりなの!?』

『それが、私たちの役目なのよ。ニナはこれを後世に引き継いで。いつか転生したお父さんが、ウロボロスを倒してくれるように。お父さんなら、いつかやってくれるわ』


 眼下でかわされる言葉になにもできない。


 僕はこんな悲しい結末を迎えないために、やってきたのに。

 子供たちが平和に過ごせるように、マリンがこの世界でひとりきりにならないように、やってきたつもりだったのに。


 思い出したばかりの記憶と、青龍の悲しみが胸に込み上げてくる。

 ボロボロとあふれる涙は優しい風によって、空へと消えていった。


『最後に……夫と子供に、未来永劫愛してると伝えて』

『っ! お姉ちゃん!!』

『ふふ、大聖女様の口調じゃないわよ。ニナ、後はお願い』

『いや! お姉ちゃんまでいなくならないで!! お姉ちゃん、お姉ちゃん!!』


 最後に微笑んだルナは、あの時のマリンと同じように綺麗だった。


『永遠なる封印(エターナル・シール)!!』


 金色の鱗が飛び散ってマリンの魔力が消えていく。僕の意識は再び暗転した。




 目を覚ますと見知らぬ天井が見えた。


 起き上がるってみると、外はうっすらと明るい。夕方前なのか朝方なのかどっちだろう。部屋の中は華美ではないけれど質の良い家具が置かれていて、僕が寝かされていたベッドはふかふかだった。


 足元には聖獣たちが仲良く固まって眠っている。

 ベッドの横のサイドボードには水差しが用意されていて、カラカラになっていた喉を潤した。何気なく自分の顔に触れて、濡れていることに気付く。記憶を取り戻しながら、泣いていたのか。


 今回の記憶はメンタルにきていて、少しこのままひとりで整理したかった。

 まずクイリンは、やっぱりマリンじゃなかった。

 でも今のクイリンはルナの魔力とも違う。きっとああやって誰かがクイリンになってウロボロスを封印し続けてきたんだ。


 だから、この世界の人たちは聖女を大切にして敬うのだと幼い頃より教わる。邪竜の封印ができる血筋で世界を平和に保っているからと、崇めるんだ。


「なにが封印ができる血筋だよ。ただの人柱じゃないか……」


 まるで呪いの輪廻だ。何度犠牲を払っても、消えることなく呪いも一緒に付きまとう。ほかの人たちはこれを知らない。どうやって封印を保っているのか知っているのは、聖女だけだ。


 待て、それならセレナも知ってる……よな?

 ウロボロスの呪いは、クイリンの金色の鱗じゃないと解呪できないと教えてくれた。蘇った記憶を漁っても、クイリンに鱗が手に入るのは、誰かが新しいクイリンになった時だけだ。


 知っていて、僕のクイリンを探すのを手伝うと言ってくれたのか?

 セレナが聖女なら、セレナの母親もまた聖女じゃないか?

 いまのクイリンは誰だ?


 ものすごく嫌な思考が僕の頭に浮かんだ瞬間に、チカチカと光る通信機が目に入った。カリンだ。カリンから通信が入るなんて珍しい。なにかあったのか?


「カリン? どうした?」

《《お兄ちゃん! よかった! 繋がった……》》

「え? あれ? 昨日の夜も話したよな?」

《《違うよ、お兄ちゃんはもう二日間眠り続けてたんだよ? 目が覚めてよかった……!》》


 そうだったのか。いつも翌朝には起きてたから、せいぜいそんなもんだと思ってた。ちょっとカリンが泣き声になってる。


「心配かけてごめん。多分、脳に負担がかかって起きれなかったんだと思う」

《《また実験でもしてたの?》》

「ちょっと違うけど、似たようなもんかな。ていうか、いま何時? 朝なのか夕方なのかよくわからなくて」

《《いま日が出たばかりだよ。お兄ちゃんが心配で早く目が覚めちゃったから、通信してみたの》》


 ということは、この二日間あんまり眠れていないのかもしれない。今からでも少し寝た方がいいだろう。


「カリン、僕はもう大丈夫だから少し寝た方がいいんじゃないか?」

《《……イヤ。お兄ちゃんがいいなら、もう少し話していたい》》


 ああ、どうしよう。カリンがかわいすぎてツラい。めっためたに甘やかして、僕に溺れさせたい。

 もういっそ本当の兄妹じゃないってバラして、僕のものにしてしまおうか?

 でもお兄ちゃんとしか見れないって言われたら、軽く死ねるからカリンの呪いを解いてからにしよう。そうしよう。


 はっ? 今なに考えた?

 いやそんなのダメだ、しっかりしろ。僕はカリンの兄なんだ。ちょっと今回のは衝撃が強くておかしな方向に思考がいってしまっただけだ。


《《……お兄ちゃん? つらいの?》》

「ううん、大丈夫だよ。ちょっと聖獣が気になっただけ」

《《そっか、よかった。ねぇ、今外を見れる?》》

「うん、見れるよ」


 そう話しながら、丸い形の窓を開いた。東の方はもう明るいけど、西の方はまだ紫紺色の空が広がっている。澄んだ空気がその神秘的な空の様子を、一層特別なものにしていた。


《《あのね、明るい空と暗い空の中間がね、お兄ちゃんの瞳と同じ色なの。夕方もこんな色になるんだけど、朝方も綺麗だね》》


 何だこれ、今すぐカリンの大好きなチョコレートケーキをホールで与えたいくらいかわいいんだが!!

 くそっ! ついさっき兄として接するって思い直したばっかりなのに、決心が揺らぐ。


「カリンのアメジストみたいな瞳の色もある。ああ、ちょっとだけ会えたみたいに感じるな」


 そうか、これが伝えたかったのか。


《《うん、お兄ちゃんに会えたみたいで嬉しくなるから、夕方はいつも空を見てるの。ねえ、お兄ちゃん……私ね、ほ——うゔっ!》》

「カリン? どうした!? カリン!?」


 カリンが苦しげな声を上げたのと同時に、セントフォリアの方角の空を黒い霧が覆いだした。


《《おに……ゔあっ! 指が……石化して……あああっ!!》》

「カリン! カリン!!」


 その後はプツリと通信が切れて、カリン声は届かなくなってしまった。折り返し通信しても、応答がない。


 セントフォリアの上空に広がる黒い霧は、勢いを増していた。


 石化——なんで、こんな急に!? あの様子は尋常じゃない。

 聖竜クイリンの鱗はまだ手に入れてない。



 このままじゃ、カリンは助からない————




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