第41話 王城 ~ 幼顔(おさながお)の神
『ギャレットは通訳してる? ひざまずけって言ってるよ』
「聞こえているよ。でも俺はいいの」
カリョは俺の言葉に驚いたようだが何も言わず前を向いた。
俺がひざまずかないのが気に入らないようで王子が一歩前に出てきて口を開いた。
「なぜひざまずかない? 王の御前だぞ」
その言葉を聞き、俺はもったいぶってちょっとの間を空け、当然だと言わんばかりに自信に満ちた表情を作って答えた。
「俺はここの国民ではない。なぜひざまずく必要があるのか?」
カリョが俺を見上げ不安そうな顔をしたが前を向いてそのまま通訳すると、あっけにとられたのか王子は口を開けたまま一瞬固まった。
「――王の前だからだろ」
王子がやっと探した言葉がそれだった。同じことを言ってやがる。
「それならアルザルマの奴らの前に王が出て行けば皆ひざまずいて争いは終わるんじゃないのか?」
王子にとってはまさかの返答だったのだろう、びっくりした目に口は声が出ずにパクパクしている。王以外の者の表情も硬くなるのがわかった。通訳するカリョの声にも硬さを感じた。正論だと思うんだけど言い過ぎか。
「流石は神の国の兵士だ。心臓も強いな」
中央に立つ王と思われる太目で白髪オールバックに白い口髭をたくわえたオジサンが右手で王子を制し柔和な表情で言うのだが、俺も言ったあとになってヒヤヒヤしていた。でも結果セーフ。
王の了解も出たようだし俺はひざまずくカリョの腕を取るとカリョは俺の左腕の後ろに隠れるように立った。
「ではご紹介いたします。こちらが神の国の兵士のカイヤ様です」
ミコトが何ごともなかったかのように俺を皆に紹介する。
「そしてこちらがグレイン王、その隣がグリーグ第一王子、そちらがギルルフ将軍、こちらがイラ大神官です」
グリーグ王子以外の王子は来ていないのか。わざわざ第一王子って言うんだから第二第三の王子もいるんだろうが、まだ若いとか表に出てこない理由があるのだろう。そしてそのほかの武官文官の紹介はされなかったがそれだけのポジションなんだと思う。
将軍はいかにもそれらしい色黒で短髪髭ヅラのごついおじさんだし、大神官は顔がシワくちゃの凄く小さい爺さんで長く白い髪の毛を後ろで束ねている。
王と王子が白、大神官と武官が黒の着衣でほかはみんな紺色の着衣だ。
そしてそのシワくちゃの大神官の口が開いた。
「カイヤと言ったな、おぬしは本当に神の国から来たのか?」
「んー、この世界から見れば神の国と言ってもいいかもね」
「証明することはできるかな?」
「ちょっと待て! そいつは詐欺師じゃないのか!?」
王子が声を荒げて割って入ってきた。
「昨日のゴーレムバトルは八百長だろ! でなければ一対七で勝てるはずがない! 最後の四体は負けるように取引したんじゃないのか!?」
奴らは勝てないと悟ったからだ。負けると分かっていたら自分のゴーレムは壊されたくはないだろう。
王子は昨日の負けでだいぶ懐が痛んだのだろうか、俺に対するあたりが強い。
王子の問いは無視して大神官に視線を移す。
「俺には神からから借りた武器がある」
戦闘服のズボン、右太ももについている大きなポケットから黒い筒を取り出すと周りの兵士が一斉に動き出し、王と王子の前に剣を抜きながら壁を作った。
「別にこれを使って暴れるわけじゃない。証明しろと言ったろ?」
首席補佐官のザンザッカーが兵士たちに何か言うと剣を持ったまま壁は左右に分かれて王の前が開けた。
俺が取り出したのは直径四センチ、長さ二十センチの黒い筒だ。これを右手に握り上から下に勢いよく振り下ろすと中から二段の筒が伸び、長さ五十センチの警棒になった。警棒の先端には二つの電極が付いている
それを見た兵士たちは剣を握る手に力が入ったようで剣先が小刻みに動く。
「神から雷を少し分けてもらった」
ハッタリだが仕方ない。面倒ごとになったら早く終わらるために持ってきたのだ。
「雷を?」
ザンザッカーから声が漏れた。
兵士たちは黙って険しい顔を俺に向けているがお偉方は眉をひそめざわついている。
俺が柄の端にあるスイッチを入れると警棒の先端の二つの電極間が音を立てて激しくスパークした。警棒型のスタンガンだ。
その警棒の先端を王に向けて突き出しスパークを見せつける。
「「「「「「「オォォォ……」」」」」」」
全然届かない距離なのだが向けられた方は周囲の兵も含めて広範囲で後ずさりする。ところどころから小さな悲鳴や唸り声が聞こえてくる。驚きと恐怖でゆがんだ表情のままスパークを見たり俺を見たり。
「お、お前は悪魔ではないのか!?」
王子が顔をひきつらせながら喉の奥から絞り出すように声を出した。
この世界にも悪魔の概念があるのか。神と悪魔の違いはどう説明するか…… 面倒臭いなもう…… 仕方ない、強引だが最後のハッタリを使うか。
ヘッドセットのマイクで拾えるだけの小さな声で、
「ギャレット、マーツェに始めると伝えて。準備ができ次第映像送信開始」
「了解です」
「ど、どうした? お前は悪魔なのか?」
俺が答えなかったことを痛いところを突いたと勘違いしたのか、ひきつった笑みを見せた王子が僅かながら勢いを取り戻した。が、そんな王子は無視だ。
「ちょっと待て、神に出てきてもらう」
俺の言葉にカリョ以外の全員が唖然とした表情を見せ固まる。
「な、何を言っている? お、お前は何を言っている?」
大神官が素っ頓狂な声を出す。俺はそれには答えずにスタンガンの電源を切り、左太もものポケットから弁当箱型戦闘糧食三分の一ほどの大きさのモバイルプロジェクターを出した。これは処置室の引き出しに元々あった標準装備品だ。
「これは神の世界とをつなぐ神器だ」
そう言いながらモバイルプロジェクターを右側の白い壁に向けて映像を出す。
壁に映るそれを見た全員が目を見開いた。口も見事に全員が半開きだ。
壁には妖艶な化粧をしてゴスロリドレスを着たマーツェが大きく映し出された。椅子に座っているように見えるが体の周囲はキラキラやボカシなど何種類ものエフェクトがかかってはっきりは見えない。
『我は神だ』
野太い男の声がプロジェクターから出たが、ギャレットにマーツェの声を変えてもらっている。
その言葉にマーツェを見ている者からは恐れおののき呻くような声が漏れ出てきて全員がその場でひざまずいた。
嘘をついてまでトラックを持ってきたのは電波の届く範囲にトラックを置いておく必要があったからだ。
『我は体を持たない。いまは少女の体を作り男の声を出しているが仮の姿だ。わかるか?』
「「「「「「ハハー」」」」」」
全員がひざまずきからお祈りをするかのごとく両手両膝を地につけ頭を下げる。
映像のマーツェはというとどこか意地悪に見える薄笑いを浮かべ、やや顎を引いて前を睨みつけている。
んー、演技はうまいけどなんだか悪魔っぽくね?
『我がおぬしらを心配して送った兵士を疑うとはどういうことだ? 滅びたいのなら大災害をくれてやるぞ』
「も、申し訳ございません! カイヤ様は丁重にもてなしますので、お許しをー!」
大神官が膝で立ちながら胸の前で両手を握り必死の形相で懇願するが、こんなに小さくシワくちゃな爺さんからこんなに大きな声が出るとは。
『もうよい。カイヤは帰らせるがよいな』
「ハハー、も、もちろんお帰りいただいて結構でございますー!」
ハッタリが効きすぎて皆頭を地につけるくらい伏せてしまっている。何人かは見てわかるほど震えている。
プロジェクターなんてものを知るはずもなく、神の世界とつながる神器と言われ、そこに男の声の大きな女の子が現れ”我は神”と言われれば理解を超えるその非現実的な状況から信じざるを得ず、失礼な態度で神の怒りを買い、滅ぼされかねないところまできたのだから震えるのは無理もないのかもしれない。
ギャレットでなくマーツェを神の役にしたのはギャレットではアドリブが利かないと思ったからだ。この役はやっぱりマーツェが適任だろう。
とりあえずこのハッタリのおかげで解放されたようなので帰らせてもらうことにし、壁のマーツェにはフェードアウトしてもらった。
「ミコトさん、外までお願いします」
「は、はい」
ミコトは伏せたまま首を少しだけ回し、脂汗でテカった顔を半分見せて返事をしたが数秒立ち上がれなかった。
ミコトには城の外まで送ってもらう途中、俺は神の兵団には参加せず二日後に国境で合流すると伝えた。神の兵団は明日の朝から結団式を行い、それが終わると将軍とともに国境に向かうのだそうだ。そして戦いは四日後の日の出とともに始まると。
ハッタリのおかげで俺には誰も何も言えなくなり、思いのほか短時間で城を出られたので姉妹と買い物に出かけた。
第二門の内側はやはり高級店が多いが地球産と比べるほどのものはない。唯一、軍の倉庫に無かったものが貴金属。姉妹は国で一番と聞いた宝石店で指輪やネックレスを買うと日が落ちる前に宿営地に戻った。




