第2話 神
『訳あって飯島海弥、アナタをこの世界に転移しました』
この世界? 転移?
『ここはアナタがいた地球ではありません』
そうなのか。
理由はわからないが本物の神だと感じてその言葉を受け入れている自分に気が付いた。
『アナタは逃亡中の身、向こうの世界では逃げ果せる結果にはなりませんし、こちらの条件とも合致しましたのでこの星に転移しました』
未来が見えているのか? 俺は逃げきれなかったと言う事? 敵前逃亡は銃殺刑だ。処刑されるくらいならよその世界に転移してもらったほうがありがたい。
でも何故? いったいここはどこなんだ?
『ここはアナタのいた地球のある銀河とは遠く離れた別の銀河にある名もない星です。この宇宙にはこの星の人類と交配できる人類は多くの星に存在しますが、地球時間でおよそ五百年後、この世界で流行する病に対抗できるDNAをもつ人類は地球人が一番強かったのです。その地球人の中からもっとも条件に適合したアナタを転移しました。アナタにはこの世界で多くの子孫を残してもらいたいのです』
なんだそれ? 俺に種馬になれってこと? いや無理だ。俺は自分の子供は手元に置いて育てたい。そもそも神ならDNAの操作ぐらい造作もないことだろ?
『この大宇宙は創造神によって作られました。私のような小宇宙を担う下級神が生命に直接手を加えられるものではありません。創造神はすでに大宇宙に同化しているため、アナタを転移すると言う方法でこの星の人類の滅亡を防ぐことにしたのです』
神の世界にも上級下級があるのか。
『そしてアナタが儲ける子は三人で良いです。ただ子孫には必ず遠く離れた土地に移り住み四人以上の子を持つよう語り継いでください。それが守られれば大丈夫です』
その数なら大丈夫だけど、それで足りるのか。神が言うなら足りるのだろうけど。
『この星にも大小さまざまな争いがあり、また人を襲う生物がいます。いま現在大規模な戦争を行っている地球よりもこの星の死亡率の方が高いのです』
マジか? 平穏を求めて脱走したのに……
『折角転移したアナタにすぐに死なれては困りますので生きやすいよう地球の物資を転移できるようにしておきます』
え? そんなことができるのか?
『アナタの所属していたゴルト中継基地ではなく指令本部のあるエルガッタ基地の倉庫から転移します。転移できるものはエルガッタ基地の倉庫の中の物だけです』
でも、基地の倉庫から物資が無くなったら騒ぎになるんじゃ?
『軍の上層部が物資の横流しをしているので多少なら大丈夫です。一応制限を設けておきますが転移はアナタのいる場所の夜明けを起点とし一日に一回、地球の単位で百キログラムまで。物資の転移を行わない日があればその分翌日に持越しできます。四日間転移を行わなかったら五日目に五百キロ転移できるということです。五日目に五百キロでなく百キロだけ転移したら翌日に五百キロの転移ができます。百キロに満たない分の持ち越しできません』
マジか? 横流ししている幹部がいるのか? 日本軍大丈夫か? 昔の自衛隊の時代だったら銃弾一発の紛失でも大事だったと聞くが。
『アナタのAIに命じれば物資が基地の倉庫からこのトラックの荷室に転移します。中に入りきらなければトラックの外に転移します。そして地球から転移したと同じ質量の物質をこの星から地球に転移します』
あ、それなら優先的にこのトラックのトイレタンクと汚水タンクの中身を地球のどこかの地底にでも転移してくれないかな?
『わかりました。そのようにいたしましょう。それと物資の転移ですが今日からエルガッタ基地が存在する間、地球時間で約三十二年と七ヶ月間行うことができます』
え? そのあとはエルガッタ基地がなくなるってこと? いや、それまで存在するってことは今回の大戦は負けなかったってことか?
『あと少しだけアナタの精神を変えさせてもらいました。肉体は無理ですが精神なら私もいくらか手を加えることができるのです。そしてその改変内容ですが、以前より少しだけ状況判断が速くなり、少しだけ勇気が出るようにしましたので全力で生きてください。物資の転移以外に神の助力はありません。命の危機には全力で抵抗してください』
言われるがままに話を受け入れていると、
「レポートワン、四時の方向四キロ先、複数の人を発見」
ギャレットの声に一瞬気を取られ、そしてすぐに意識を神に戻したが神はすでに消えていた。
「マジか……」
隠れていないかと俺はコックピットのドアから中に顔を入れ死角になっていたところを探すがコックピットには誰もいない。神は必要なことだけ伝えて去って行ったらしい。
コックピットに入りドームモニター正面を見るとドローンのカメラがとらえた映像が映っていた。
地形データの取り込みは半径一キロメートルだがドローンのカメラは望遠もあるので障害物がなければ四キロ以上遠くのものも判別できる。
「映像解析結果、ヒト七、四足動物六」
馬車と騎馬が草の生えていない土の道をこちらの方に向かって走っている。
二頭立ての馬車が先頭、数十メートル後ろに四騎の騎馬。騎馬の男たちは腰に剣らしきものを下げている。それだけ見るとこの世界の文明レベルは地球で言うところの古代から中世ぐらいか?
最初にモニターに映し出されたとき、馬車と後ろの騎馬の距離は五十メートルくらいあるように見えたが、その距離はみるみるうちに縮まっていく。馬車は幌がなく三人乗っている。中央に細身の中年男が手綱を握り、両脇に髪の長い若い娘。右側の娘は子供のようだ。
娘たちは後ろに迫る者たちと隣の男を交互に見るがその顔は恐怖に怯えている。後ろから追う奴らは脂でテカる顔に黄色い歯を見せ口元は笑っている。事情はわからないが追手は盗賊ということにして助けに行くしかないだろ。
「ギャレット、レポートワンを目的地に設定、最大速度で進め。馬車の手前三十メートルで停止。停止時に重神兵が出られるようにハッチオープン。俺は重神兵で出る。重神兵起動準備」
「リョ」