この地獄を君と共に生きる(序章)
暇つぶしに読んでいただけたら幸いです。
いつだってあの日々を忘れたことはない。
昨日、隣で笑い合っていた友が、今日にはいないそんな毎日でも、いつだって笑って共に過ごした仲間たち。
ーーなんて顔してんすか!隊長!
ーーいつも通り、たんたんと命令してくれればいいんですよ!
「死ね」と命令する私に、反発するどころか、震える私を笑い飛ばした彼らの顔が…今でも脳裏に焼き付いている。
そして、
ーーふっ…やめ、て…くださいよ…さいごくらい、わらったかお…みして、ください。
死ぬ間際でも、決して私を恨まなかった彼を忘れることは許されない。どんな時も私の後ろで戦ってくれていた彼を、、こんな私に愛の唄を送ってくれた彼を、、決して“死なせやしない”。
このまま敵国の奴隷で生涯を終えようと、1秒でも長く彼らを覚えてられるように、彼らが“生きて”いられるように…。私はこの地獄で今日も生きよう。
それが、私の…。
ーーーーー
長かった戦争が終わった。
たくさん人が死んだ戦争だった。戦力が互角だったのは最初の2、3ヶ月くらいでその後は差が開く一方だった。本当は1年もかからず決着は着いて、こんなにも犠牲者を出さずにすむはずだったのだ。それを戦力差は火を見るより明らかだったはずなのに負けを認めなくない敵国は、いや、敵国の上部の連中はろくに武器も持たせず、ただ人を送り込んできた。
そんな奴らに負けるわけもなく、こちらの一方的な殺戮が続いた。毎日毎日向かってくるなにかに銃を向け、なにかが動かなくなるまで無心で撃つ。しばらくすると向かってくるモノはいなくなる。そんな…言わば作業だった。その作業を数ヶ月繰り返した。精神がおかしくなったやつが何人もでた。俺はずっと自分は一体なにをしているのかわからないまま…いや、考えないようにして作業を続けていた。そうしなければ、自分もすぐに精神が壊れるだろうことは予想がついたからだ。深く考えてはいけないと、ただ作業を繰り返した。
そんな戦争の終わりは、敵国内の反乱軍によってようやく決着がついた。頭を討ち取ったのはわずか14歳の少年兵だった。まだ世界をなにも知らない少年まで徴兵し、もはや老人、女と幼子たちだけになった弱りきった国は自国に吸収され、これまで捕虜として捕まっていた兵は、国として持ち直すために、ほとんどが国へと帰された。しかし、戦争が終わるまでに奴隷として売り飛ばされたものたちは、帰させるわけにはいかず、今もこの国に留まっている。
戦争が終わってからもうすぐで2年になる。
「…ラス…い!」
「サイラス大尉っ!」
「…あ?」
付き合いの長い部下に声をかけられて、ようやく今まで自分の世界に入り込んでいたことに気づいた。
「サイラス大尉。本日の業務は終了しましたが、まだ何かありますでしょうか。」
慌てて時計を見れば、終業時間から15分も過ぎてしまっている。
「…あ、あぁ…いや、もう今日すべきことはない。今日はこの辺で終わりにしよう。ご苦労。」
俺の一言でみんな待ってましたと言わんばかりに場が騒がしくなり、ぞろぞろと帰宅し始める。だいぶみんなを待たせてしまっていたらしい。
あらかた人が帰宅し終えると、さっき声をかけてくれた部下のリーガスが声をかけてきた。
「サイラス大尉、今日はお疲れですね?」
「…あぁ…すまない。さっきは助かった。お前の言う通り、少し疲れているのかもしれないな…。」
「そんな時はパァっと飲みにいくに限りますよ!この間言ってた美味しい所連れてってくださいよっ!」
付き合いが長いだけあって、部下でありながら俺に対する態度はだいぶ気やすい。これ以上、部下に心配をかけるわけにもいかないだろう。大人しくリーガスの案を飲むことにした。
「それは構わないが、おまえ…最近いい感じだって言ってたパン屋の娘とはいいのか?」
「いやぁ、はっはっは…はぁーーー……俺は遊びだったらしいですよ…。俺はもう、女が分かりません…。」
「残念ながら、それを独身の俺に言ったところで、俺も分からんな。」
いつも2番目の男になってしまう憐れな男に苦笑いしながら、今夜はこいつの話で終わりそうだなとこの後の予定をあらかた予想し、この間見つけた裏道の酒屋に向かって歩き出した。
※※※
「今度こそっ!今度こそ俺だけを好きでいる子を好きになりたいです〜!!」
「なれるよ、きっと。」
俺の予想通り、酒があまり強くないリーガスはだいぶ最初の方で出来上がり、振られた経緯を細かく解説してくれた。リーガスは少々口調に軽いところはあれど、軽そうに見える見た目に反して、中身は案外真面目な人間である。そろそろこいつには報われて欲しいと思うが、なぜこんなにも運が悪いのか…。
結構いい時間にもなってきたので、振られた鬱憤をだいぶ吐き出せたであろうタイミングを見計らって店から彼を連れ出す。
「っていうかぁー!大尉はないんですかぁー?そういうのっ!!」
「おまえ…だいぶ飲んでるな…。」
「大尉のそういう話!聞いたことないんですけどぉ…。」
「…そうだったか?まぁ、俺のことはどうでもいいだろ。」
どうせ明日にはなに言ったかも覚えていないであろう言葉を軽く流した。
もうすぐ34になる俺は、一般的に見れば、もう結婚して子供がいてもおかしくない年齢である。しかし、現在、俺には婚約相手どころか彼女もいない。リーガスが聞きたくなるのも無理はないだろう。
もちろん、今までそういう話がでたことがないわけではないが、結婚にはどうしても踏み切れなかったのだ。理由をあげようと思えば、いくつだってあげられる。俺は軍の人間でいつ死ぬか分からないとか、そもそも彼女たちを愛し、大切にできる自信がないとか…。
しかし、それらは後付けの理由に過ぎないということに気づいたのはいつだったか…。
俺には忘れられない女がいる。そいつは、昔、熱い恋をした相手とか、一夜を過ごした相手とか、そんな関係ではまったくないし、別に俺がそいつに惚れたわけでもない。ただあの目がずっと忘れられない。
そいつは敵国の人間で、
俺を尋問した張本人で、
殺し合いをした敵兵だった。
まだ2つの国の戦力差がほぼ互角だった時、俺は1度、敵兵に捕まったことがある。その女とはそこで出会った。
ーー誰もが自分の正義を掲げて戦っていると思うなよ。ほとんどの人間がこの国が正しいと思って戦ってるんじゃない。たまたま家族がいるのが、自分が生まれたのがこの国だから戦うしかないんだ。
その女の目にはなにも写していなかった。ただ何もかも諦めたような目をして、たんたんと事実を語るように述べた。あの時、俺はなんと言ったんだったか…。あぁ…そうだ。
お前らに何をしたのかと、貴様らになんの大義があるというのか、とそう叫んだんだ。どうせ死ぬなら死ぬ前に言いたいことを言おうと…。しかし、帰ってきた言葉は予想していたどの言葉でもなかったし、予想していたどの表情でもなかった。…帰ってきたのは、虚無の目とただの言葉。
あの時の俺は、誰もが自分の国を誇りに思ってると本気で信じていて、国のためを想って戦うことは当たり前だと思っていたし、周りにもそんな奴らしかいなかった。だから、まさか仕方なく戦ってる兵士がいるなんて考えもしなかったんだ…。この時、彼女に出会わなければ、俺もこの後の作業に苦しむことはなかったのに。
すっかり潰れてしまったリーガスを担ぎながら、裏道に入ると、この街にすっかり馴染んでしまった光景が目に入る。
「オラっ!ちゃんと働けよゴミがっ!」
「スミマ、エン、…スミマ、エン。」
いまだにこの国に残り続ける戦争の遺物、奴隷だ。
奴隷なんてやつを使っている場所は、表の世界のはずがなく、殴る蹴るなど当たり前。だが、そんな非人道的な行いを止める奴は1人もいない。そこで働くやつらが、どんなに奴隷を蹴ろうと殴ろうと誰も助けはしないし、優しい表世界の人間は、みんな見ないようにして通り過ぎるだけだ。なぜなら今、奴隷としてこの国にいるのは、実際に戦場に出て、戦ってた兵士だと分かっているからだ。だからだれも助けない。自業自得だと本気で思っている。その結果、この国の言葉がわからない彼らは謝る言葉だけ妙に流暢な奴隷が出来上がる。
これが敗戦国の末路…。この胸糞悪い光景も数ヶ月もすれば慣れてしまった。いや、ちがう。汚いものを見ないようにすることに慣れたんだ。この戦争で学んだことがある。心を楽にするには、深く考えちゃいけない。見ないようにして、今日もなにも口を出さず、通り過ぎるのが1番だ。
「…っ!!」
しばらく進んでいると、また、ただ蹴られ続けている奴隷が目に入った。
今日はよく見る日だな…。
今日は厄日だと、いつものように通り過ぎようと、目を外そうとした。しかし、その瞬間、汚い泥をたくさん含んだ髪の間からそいつの目が、、見えた。いや見えてしまった。
ドクン…。
心臓が嫌な音を立てる。似ている…。そんなわけないと、今、自分が考えてしまったことを必死に否定する。あいつがここにいるわけない。あいつは結構上の身分だったはずで、とっくに死んでるか、生きていたとしても自分の国にいるはずだ。頭では分かっているはずなのに、自分の記憶が、身体が、心が、あいつだと信じて疑わない。
無意識のうちに、フラフラと今も蹴られ続けている奴隷の方に進んでいく。
「あいたっ!」
担いでいた部下が滑り落ちた。そう、頭のどこかで把握していたが、引き寄せられている視線は奴隷から外れることはない。
うそだ。そんなわけ、あるはずが…。
全身で脈を打つ。いつもの何倍の速さで、血が体を巡る。酸素が圧倒的に足りず、深く考えられなくなる。
あと一歩で彼女の顔が見えるという時に今まで蹴っていた男がこちらを向いた。
「あ?軍の人間がなんかよ…」
話しかけてきた男に、なにか答えるようなことはせず、手をその男の肩にかけて突き飛ばした。そして、ようやく俺の視界を彼女だけ、蹲っていた奴隷だけ写すことができた。
そっと手を伸ばし、奴隷の顎に手をかけ、優しく、なるべく傷に触らないように、面を上げさせる。
「ちょっ…え!?なにしてんすか!?」
「…おい!よくもやってくれたなぁ!あぁ!?」
「あ!!いや、ちょっと落ち着いてっ!」
突き飛ばされた男が激情し、サイラスの元へ向かおうとするのを、慌ててリーガスが止めに入る。しかし、サイラスにはもうそんなこと目に入っているはずがなかった。
「……アイリス…ライトバーン…か?」
一応問いかけの形をとっていたが、サイラスの中ではもう確信をついている、意味のない問いだった。なぜなら目の前にあるのはずっと追い続けていた目だった。すると僅かだが、彼女が目に光を宿した。
「だ、れ、…。」
この声を聞き間違えるはずがない。捕まっていた時、この声を何度も聞いた。紛れもなく彼女の声だった。
もう2度と会えると思ってなかった彼女が目の前にいる。俺の手の中に…。
「おいっ!聞いてんのかっ!!奴隷を庇うなんて頭おかしいんじゃねぇのかっ!?」
「まぁまぁちょっと落ち着いて…。」
そこでようやく周りの声が耳に届いた。そして、なによりも早く口が動いた。
「いくらだ…?」
「はっ?」
「この奴隷、お前の言い値で買おう。」
「ちょっ…え!?大尉!?なに考えて…!?」
気づいた時にはそう口に出してしまっていた。しかし、後悔などするはずがない。周りからなんと言われようが、ずっと忘れられなかった彼女ともう出会ってしまった。捕まっていたあの時から、俺は彼女の目に、しっかりと囚われてしまっていたようだ。これは同情心かもしれない。それか、あの国の人間を殺しすぎた罪悪感から来る行動か…はたまた全く違う感情か…。いつも通りこのまま見ないフリをして、通り過ぎることが最善なんてことは考えなくても分かる。
だが、出会ってしまったのならば、もう無理だ。彼女を手に入れない選択肢など、俺の中にはあるはずがない。
自分の腕の中に彼女を捕らえ、立ち上がる。かつて自分を見下ろしていた彼女が、自分の腕の中でぐったりと寄りかかることしかできない様子を見ていると、なんとも言えない気持ちになった。
「俺はイラルダ国軍第3部隊所属サイラス・ダリーク大尉である。もし、お前が拒否すれば、お前の親元を潰すことなど容易いことを理解したうえで、賢い選択をすることをお勧めしよう。」
いつもならありえない俺の行動にリーガスは戸惑っているのがよく分かる。どうやら、すっかり酔いは覚めてしまったらしい。
「大尉っ!!…本気ですか!?軍の人間が奴隷を持つなど、周りからなんと言われるか分かりませんよ!!」
「…そんなこと、どうでもいいさ。…それで、お前、どうするんだ?」
「し、しっかり金を払ってくれるならそんな奴隷、売ってやるよ!」
「物分かりが良くて助かるよ。」
これで彼女は確実に俺のものになった。
きっと彼女は俺のことを覚えていないだろうし、敵国の人間である俺に施しを受けることを、屈辱だと感じるはずだ。だが、彼女がどんなに拒否をしようともう離すことはできそうにない。
もしかしたら、これが俺の…。
この時俺は、自分の中でじっとしている彼女をみて湧き上がる仄暗い喜びには気づかないフリをした。
皆さまお久しぶりでございます。
拙い文章ですが、最後まで読んでいただきありがとうございました。
短編書いてないで、はよ連載の方やれやと思われた方、その通りすぎて、謝ることしかできません。申し訳ありませんでしたぁああああ。