過去から来た予言者さまが使い物にならない
春。こんな俺でさえ、何かを始めたくなる、そんな季節。
だが、春であろうとなかろうと、異能バトルの世界へ入門するつもりなど、俺には毛頭ない。
特に、いきなり何をし出すかわからない『壊れた時限爆弾』みたいなチビ助や、人を斬る前も斬った後も自動販売機より感情が希薄な女と道連れなんてまっぴらゴメンだ。コイツらに関わっていたら『血まみれの幽霊』に復讐する前にこっちが幽霊になっちまう。
「タイムスリップには副作用があったのだよ。屋守祐介」
奇妙な、あまりにも奇妙な香泉の話は『究極の奇妙』であるタイムスリップに行き着いた。だが、まだ先があるようだ。
第二次世界大戦、極超能力、タイムスリップ。すでにお腹はいっぱいだ。『そんな話を誰が信じるか』と、ちゃぶ台をひっくり返してやりたいのだが……それは今まで俺が散々言われてきた言葉でもある。俺は黙って香泉の話を聞いた。
「魔人に取り込まれた極超能力者たちの霊力がタイムスリップの副作用で魔人の体から分離したのだ。
分離した霊力は時空の狭間をさ迷い、そして現代人へと宿る。その一例が――」
「あの『ライゲキ』って奴か」
香泉は黙って頷いた。
だんだん話が飲み込めてきた。
「じゃぁコイツが狂ったように獰猛なのもタイムスリップの副作用……」
香泉は黙って首を横に振った。
なるほど、あれは天然ものか……。
俺は香泉の話を踏まえてもういちど、今日の事件を頭の中で振り返えった。階段室に佇む銀花、『ライゲキ』の光る手、焦げた床、銀花の飛び蹴り、割れた窓ガラス、銀花の回し蹴り、銀花に噛まれたこと、銀花のタックル、口の中に広がる血の味……香泉の半透明の日本刀。記憶を何度確かめても今日受けた肉体的ダメージの100%が銀花からのものだった。
色々な意味で信じがたいことの連続。その背後に隠されていた更に信じられない話。だが、俺は見てしまったのだ、隠された世界の現実を。あの『血まみれの幽霊』と同じように……『常識が常識である』と言う嘘をまた一つ、俺は知ってしまったのだ。
しかし――
俺は腕の鎖を鳴らした。
俺が追っているのは『血まみれの幽霊』だ。コイツらの話が真実だろうが嘘だろうが、俺には関係がない。
そこまでわかれば十分だ。
俺は急速に、今夜の出来事への興味を失っていった。
久しぶりに熱くなっていた心が、醒めてゆく。
俺は、俺の世界に生きる。それしかない。
説明しろと言ったのは俺だが、ここまでだ。
話を終わらせるために俺はまとめた。
「つまり、魔人とその仲間が現代にやってくる。銀花はそいつらを退治したい。ふん、昭和の戦争の後始末をこの平成でやろうってことか――迷惑な話だぜ」
最後にちょっと毒が混じる。
改めて考えると酷い話に、俺は少し苛立ちを感じた。
「おぉ、ユースケ! やれば出来るではないか! 言わなくてもちゃんと察せられるではないか! 偉いぞ」
俺の気持ちを察することなく、銀花が子供のように絡んでくる。
睨み返すと白い顔のピンクの口元がハッと固まった。
「知らねえよ! 正義の『予言者様』だか何だか知らねえが、そんなに偉いんなら魔人でもなんでもサッサと倒して、スカイツリーでも見物してとっとと昭和に帰りやがれ! 迷惑なんだよ、この、昭和の負の遺産が!」
俺は俺のことで精一杯なんだ。と、思わず口からこぼれそうになる。
苛立ちを抑えきれない。流石に、今日は疲れているのかもしれない。
「…………ぇな……」
「……」
銀花は俯き加減でしゅんとして、口ごもった。多少語気は荒かったかも知れないが、そこまで追い込むつもりでもなかったのだが……。
「……い……ん」
「……な、なんだよ」
顔を伏せて肩をひくひくと揺らしゴニョゴニョ言っている姿に戸惑う。
くそう、泣かせてしまったか。面倒くさい。
「……えない」
と、銀花が顔を上げる。
そこにあったのは泣き濡れた目……ではなく、怒りに燃える赤い瞳とピンク色に上気した頬と耳。
「極超能力が使えんのじゃボケぇ! 人前でレディに恥ずかしいこと言わすなあんぽんたん!」
そう言って飛びかかってきた。
「ぬおお! 上等だこのヤロー!」
俺の中のイライラも爆発した。おうおう、何だかわかんねぇが、やられてばかりやるもんか! やってやろうじゃねーかぁ!
こうして始まった俺と銀花の取っ組み合いは、香泉の威力的仲裁により約2秒で幕を閉じた。
◆
腕組みをし、冷ややかな眼差しで見下ろす香泉の前で、俺と銀花は地べたに正座をさせられている。
香泉が小さく咳払いをすると、俺と銀花がビクッと震えた。
香泉が話を続ける。
「魔人の体から霊力が離脱したように、銀花様の霊力もまた、タイムスリップの副作用で離脱してしまったのだ。
そして、『ライゲキ』と同じように離脱した能力は現代人に宿ったのだ」
嫌な予感しかしない。
「銀花様から離脱した極超能力を引き継いだ者の一人が私、大島香泉だ。そして――」
くそう。
「もう一人がお前だ。屋守祐介」
ビンゴ。
「じゃあ、銀花は極超能力を失った極超能力者………………って、ただの人ってことか?」
銀花が何故か偉そうにドヤ顔を見せつけてくる。
この女、根本的に使い物にならねぇ。
「いやちょっと待て。霊力が抜けた人間は死ぬんじゃないのか? と言うことは、霊力が抜けた銀花は……幽霊なのか!?」
その言葉に香泉の視線が微かに反応したことを、俺は見逃さなかった。
「銀花様は幽霊などではない。
陸軍が開発した霊力移植の技術と、タイムスリップの副作用は別物なのだよ」
いや、香泉は何かを隠している。
「香泉――お前、『血まみれの幽霊』について何かを知っているのか?」
「い、いや、知らん」
返り血を浴びても冷静だった香泉の視線が、ふわっと泳いだ。
見つけた!!
やっと、やっと見つけたぞ!!
『血まみれの幽霊』の手がかりを!!
「教えろ!!」
俺は立ち上がって香泉の肩を掴んだ。
大きく見えたが掴むと以外にも細い肩。男とは違う、線の細さが手のひらから伝わってくる。柔らかな髪が手をくすぐる。そして血の臭い……。
俺は力任せに香泉を校舎の壁に押し付けて迫った。
「しつこーい。香泉は知らないと言ってるだろ」
銀花が口をはさむ。
俺は思わず手が出ていたことに気が付き、香泉を解放した。
「いや、どう見てもコイツ、何か隠してるだろ!」
ふん。と、銀花は呆れたように息を吐いた。
そして、優しい教師か何かのように香泉に問いただす。
「香泉、ユースケが言ってるオバケの話。何か知ってるのか?」
香泉は銀花から大きく視線を逸らせ耳まで真っ赤にしながら自分の肘を抱き体を震わせながらこう言った。
「し、知りません……」
「ほら。知らないって」
ガクガクと不自然にうなづく香泉を見て、『ほれ、言わんことか』と言う顔をしている銀花は――完全に素で言っている。隠してもトボケてもない。空気が読めねぇのはどっちだこのヤロー! コイツのアタマからは『人の心を察する能力』も分離してるんじゃねーのか!?
「いや、どー見ても何か隠してるだろ!」
「香泉はアタシには嘘はつかないのだ!」
ぷっと膨れる。
ええい、このまま銀花と話していても埒が明かない。
俺は銀花に背を向け、もう一度香泉の肩に手を伸ばした。
身を屈め顔を背ける香泉を力づくで引き上げ――
ドカッー!!
突然の衝撃で視界が歪む。
ワンテンポ置いて、衝撃が後頭部から来たことがわかった。
軽く意識が飛びかけながら、俺は数歩よろけて膝をついた。
――アイツめ!
振り向くと、威力が強すぎて発売禁止となった強化型ピコピコハンマー『ボッコボコハンマー・エクストラハード』を手に仁王立ちする白い疫病神。そんなもの何処から取り出したんだこのヤロー!
銀花はやれやれと言った顔をすると、困った子供に言い聞かせるようにこう言った。
「ハイハイ、オバケ、オバケ。オバケの話はまた今度。今日はここまで。さあ香泉、帰るのだ」
立ち上がろうとして目がくらみ、俺はその場でもう一度膝をついて倒れ込む体を手で支えた。そしてもう一度立ち上がろうとして、その場に崩れ落ちる。
鎖の音が重く響く。
歪む視界の中で、俺は去り行く白と黒との後ろ姿をただ見送るしかなかった。