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過去から来た予言者さまが使い物にならない +Plus  作者: 西れらにょむにょむ
過去から来た予言者さまが使い物にならない
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袋のネズミ

 誰かに、何かを期待をするから不幸になる。


 例えば、優しさを。厳しさを。救いを。

 例えば、昨日と同じ態度を。

 例えば、昨日とは違う態度を。


 期待は、いつかは裏切られる。

 ならば、人との繋がりなど捨ててしまえばよい。

 誰かを、不幸にしないために。


 ライゲキに追われ、前を走る銀花の『ユースケ、こっちだ!』と言う自信満々の言葉に、なにか奇策があるのかと期待をした俺が馬鹿だった。


 いま、銀花は俺の横で自分の肩を抱きながらうずくまり『あうあうあうあう』と震えている。無論、コイツに奇策などありはしなかった。どうせその場の勢いで考えもなしに『こっちだ』などと言ったに違いない。すでに自分がそう言ったことすら覚えてなさそうだ。


 いずれにしろ、詰んだ。

 完全に退路を間違えた。


 俺と銀花は校舎の端の教室の教壇の陰で息を潜めている。階段を下って外へ逃げれば色々と道はあった筈なのだが……わざわざ行き止まりに逃げ込んでしまうとは。奴に見つかるのは時間の問題だ。


 薄暗く閑散とした教室。暮れそうで暮れぬとは言え、春の夕暮れは短い。空は急速に輝きを失い世界は黒く染まってゆく。


 俺は恐るおそる教壇の陰から顔をだし、窓から射す外灯の明かりを頼りに様子をうかがった。奴の気配はない。


 逃げる途中に数回、物理教師――『ライゲキ』の指から発射されるビームのようなものが俺を掠めた。その度に目眩の発作が起こり、俺は自分が射抜かれたのではないかと冷や汗をかいた。だが逆に、目眩で倒れかかった事により狙いが逸れたようで、奴の攻撃はまだ一度も当たってはいない。


 くそう。


 例え俺に目眩の発作と言うハンデががなかったとしても、飛び道具の相手は分が悪い。銀花が言っていたように素手で迎え撃てる気はしない。あのビーム、当たった床や壁が黒々と焦げていたが……人間に当たるとどうなるのだろうか。俺は火傷の痛みを想像してゾッとした。


 何とか逃げ切る道はないか。

 てゆーか、そもそも――


(……おい。そもそもアイツは何なんだ!? 幽霊なのか?)


(あうあうあう……そ、そんな非科学的なものと一緒にするな、あんぽんたん!)


(じゃぁなんなんだよ!)


極超能力者ごくちょうのうりょくしゃだ! 帝国陸軍が作り上げた人間兵器『ライゲキ』それがアイツの名だ! いや、ちょっと待て、アイツは教師で能力は『ライゲキ』で……?)


 話が突飛すぎて言葉の理解が追い付かないが――


(それのどこが科学的なんだバカ野郎!)


(おおぉ、授けてやった能力も使えないくせに! やるか、この野郎!)


 銀花が掴みかかってくる。興奮するとリアクションにいちいち暴力が混じるパターンに辟易しつつ、これ以上暴れないように銀花を後ろからぎゅっと抱き締めて取り押さえた。極限状態で錯乱しているのもあるのだろうが、今は大人しくしてもらうしかない。


 獰猛なくせに、抗う銀花はどこまでも非力だった。

 腕の鎖が擦れて音をたてる。


(落ち着けよ、静かに)


 耳元で囁くと銀花はスイッチを切ったように急に大人しくなった。

 どんだけピーキーな性格をしてるんだ、コイツは。


(ユースケ……いたい)


 そう言われて、俺は慌てて腕の力を緩めた。

 少しきつく抱きしめ過ぎたかもしれない。


 目の前に、ほの暗さの中でも白く見える銀花の髪と肌。女の子の匂いが広がる。

 偉そうな素振りと(やかま)しさで大きく見えたが、腕の中の銀花は、柔らかく、小さく、か弱く――――――――イタァーー!!


「噛むなこのヤロー!!」


 この女噛みやがった!

 俺の声が教室に響き、のけ反って教壇に頭をぶつけ、派手な音がした。


 廊下に、足音が。

 まだ遠いが一歩ずつ近づいてくる。

 しまった! 見つかった!


((あわわわわわ……))


 二人で抱き合って震える。


(おお! そうだ! これがあった!)


 銀花はそう言うと表紙に『遺書』と書かれたノートを開き……


(4月、6日、16時……10分)


 と、呟きながら遺言を(したた)めはじめた……。


(高等部、3階、奥の教室、香泉(かせん)、アタシを救出せよ、まる)


 コイツは発音しながらでなければ文字が書けないのか?


 意味不明な遺言を書き終えた銀花は遺書をパタンと閉じた。そして、なにか大きな仕事をやり終えたかのように『ふーっ』と額の汗を手の甲で拭う仕草をすると、『これでよしッ!』と安堵の溜め息をつく。


 コイツは……ダメだ。


 足音が教室の手前で止まる。

 俺が最後の決断をするまでに時間はかからなかった。


「いいか。隙を見て逃げろ」


 俺は銀花にそう言い捨てて立ち上がった。


 さっき、腕の中に感じたか弱い存在を、俺は守らない訳にはいかない。

 それがどんなにイカレた発育不良のちんちくりんであろうとも。


 鎖が、震えていた。


「……ユースケ」


 銀花が赤い瞳で俺を見上げる。


「期待しろ。奇跡を起こしてやんよ」


 腕の震えは止まらない。

 奴の足音が近付く。

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