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過去から来た予言者さまが使い物にならない +Plus  作者: 西れらにょむにょむ
過去から来た予言者さまが使い物にならない
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優しい嘘

 大人は優しい嘘をつく。


 子供たちの柔らかで好奇心に満ちた心を大切にするために。


 その優しい嘘によって、子供の世界と大人の世界の狭間には、現実と虚構とが織り混ざった、混沌とした世界が生まれる。

 成長の過程で、ある者はもがき迷いながら、ある者は何事もなく、みなその世界を通り抜けてゆく。


 子供の頃から信じていたこと。

 嘘だと思いつつ『本当だったらどうしよう』と恐れていること。

 嘘だと思いつつ『本当であって欲しい』と願っていること。

 本当なのだろうけど、信じたくはないこと。


 学年が上がるとともに、その中のどれが現実でどれが虚構であるかが明らかになってゆく。


 同時に世界は夢の色彩を失ってゆき、失われた色彩を、人々は現実の中で取り戻そうとする。

 夢とはかけ離れたもので、夢があった場所を埋めようとする。



 幽霊などいるわけがない。

 それが現実であると信じていた。

 だが、それは誤りだった。


 幽霊は実在する。

 平穏を装いながら、世界の裏側は血に染まっている。

 その現実の中では、平穏こそが夢なのだ。



 春休みの夕暮れ。気が早い外灯が校舎を照らし始めた。日は確実に延びているが、まだ夏の気配は感じられない。

 入学式を明日にひかえ、教師たちがそこかしこで準備に奔走していた。

 だがそれもようやく片付いたのか、学園は静寂に包まれていた。


 俺の靴音と、ブレスレットから腰のベルトループへと繋がれた鎖が擦れ合う音だけが廊下に響く。鎖は手が伸び切らない程度の長さに調整してあった。タイミングを合わせて手首を返すと鎖が鋭い音をたてる。慣れると僅かな動きで自在に操ることができるが、そんなことを覚えても何の役にも立ちはしない。


 何も考えずにいつものルートを辿り、校舎の1階をひと回りした。

 幽霊どころか、異常は何も見当たらない。

 ふと、俺が『血まみれの幽霊』に出くわした、あの渡り廊下を見上げる。


 封じ込め続けてきた感情が、ついに口から洩れた。


「面倒くせえ……」


 中3の夏休みが何事もなく終わって以来、『血まみれの幽霊』を探して学園を彷徨う頻度は減り続けている。理由は、努力の甲斐もなく全く手応えがないから。その他、探せばいくらでもある。


 中だるみ。失速。挫折。自分自身を『元の生活』へ引き戻そうとする、ある意味マトモな感情、感覚。それに対して俺は今まで、無視をして、結論は出さず、先延ばしにしてきた。だが、そろろ――これから何を現実として受け止め、何を虚構として受け流し、生きてゆくのか。もう一度考えるべき時期なのかも知れない。


 俺はもう一度、鎖を鳴らした。


 これまで『血まみれの幽霊』のことを思い出さなかった日はない。奴は必ずこの世界に居る。誰かを説得させる為の証拠はない。だが、奴は断じて幻などではない。


 しかし、奴が再び現れる気配が微塵も感じられないのもまた――現実だ。


 そもそも幽霊の生態など誰も知りはしない。次に現れるのがこの学園とも限らない。どこかで似たような事件が起きたと言う噂さえも聞こえてこない。季節はどうだ? 夏以外には現れないのかも知れない。次は10年後、20年後かもしれない。こうして同じ場所、同じ時間帯に奴を待ち構えることに、本当に意味があるのだろうか?


 いつかアイツが言ったように『復讐の意思そのものが俺を苦しめている』のかも知れない。そんなことは、わかっているつもりだ。


「やめろとは言わない。ただ、自分がしていることを落ち着いて考えてみろ……か」


 いつかのアイツの言葉を口にしてみる。


 確かに、幽霊退治を諦めるにはいい頃合いかも知れない。


 俺は明日から高校生となる。中高一貫のこの学園では通う校舎が同じ敷地の隣の棟へ変わるだけのことだが、ひとつの大きな区切りではある。俺のことを知らない『外部生』も高校進学のタイミングで少なからず編入してくる。


 いい機会じゃないか。すべては幻だったんだと諦め、何もかも忘れ、気楽な道を歩き始めた方が幸せなのかも知れない。


 この鎖を外して……。

 学園が地獄になる? 知ったことか。


 ……だが。


 あの日『血まみれの幽霊』に才能を奪われ、苦しみの底へと叩き落された事実にかわりはない。今でも素早い動きに意識を集中しようとすると目の前が暗転――目眩がする。治る見込みはない。このまま泣き寝入りすれば、俺は才能以外の何か大切なものさえも失ってしまうことになる。そんな気がするのだ。


 初戦では負けた。だが、必ず復讐してやる。絶対に見つけ出して――倒す……いや、そもそも倒せるものなのかわからないのだが。


 俺はポケットの中のものの感触を確かめた。ビニール袋に詰めた塩の感触。『幽霊には下手なお経やお札よりも塩が効く』、と言う情報はネットで得た。塩は天然ものにこだわっている。その方が効きそうだからだ。


「……まあ確かに、マトモには見えネェだろうよ」


 どちらかがマトモではないのであれば、それは俺ではない。『俺のやることがマトモに見えない奴ら』の方がマトモではないのだ。


 だが、人々の意識を正そうとは思わない。幽霊が実在すると言う現実を突きつけるつもりはない。これは、知らない方が幸せな現実なのだ。


 もう一度、あの渡り廊下を見上げる。


 フッと息を吐いて胸につかえていたものをすべて吐き出した。結論は既に出している。諦めない。必ず『奴』を見つけ出すのだ。俺は手首を素早く返して、鞭のように鎖を足に打ち付けた。


『奴』は再び俺の前に現れる。必ず。

 青春に浮かれるのは、それが片付いてからでいい。

 俺は歩調を速め、あの渡り廊下へと向かった。


 それにしても……だ。もう少し違うやり方はないのだろうか。幽霊スポット巡りは見当違いとしても、なにか見落としていることがあるような気がしないでもない。


 そんなことを考えながら渡り廊下へと向かう途中、俺は階段室で気配を感じ踊り場を見上げた。


 一瞬、時が止まったかのように感じた。全身の鳥肌が立った。目を見開き、体中から血の気が引き、身体のすべての筋肉が硬く緊張し、何も考えられなくなった。


 階段の踊り場には『白い幽霊』が立っていた。


 白い、少女の幽霊。


 白髪。色白と言うには白すぎる肌。この学園の高等部の制服。蛍光灯に照らされたオフホワイトの壁をバックに、より一層白白とその姿が浮かびあがっている。


 唖然として、ただ見上げる。


『白い幽霊』はこちらの気配に気づくとショートボブを靡かせてくるりとこちらを振り返った。少しあどけなさの残る雪のように白い顔に、淡いピンクの唇と、赤味を帯びた瞳が際立つ。


 そして、白い少女の幽霊は――――――街角で十年来の友達でも見つけたかのように、俺に向かって馴れ馴れしくこう言った。


「おー! ユースケではないか!」


 誰!?

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