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過去から来た予言者さまが使い物にならない +Plus  作者: 西れらにょむにょむ
過去から来た予言者さまが使い物にならない
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プロローグ:屋守祐介

 どこにでもいる。


 いつも走っていて、笑っていて。甘えん坊のくせに空威張りだけは一人前。でも、ちょっと人見知り。そんな、元気な男の子だった。


 少年が頭角を現したのは小学校5年生のとき。彼が通いはじめた剣道道場でのこと。


 はじめは十人並み。なんとか竹刀の握り方を覚え、防具を付けて練習試合に出られるようにはなったものの、まだまだぎこちない動きに才能の片鱗は見当たらず、特別体格に恵まれているわけでもない。講師や上級生の彼への感想は『新しい子く入ってきた子』程度の、月並みなものであった。


 だが、異変は既に始まっていた。

 少年は試合で負けることがなかったのだ。

 初心者であるにも関わらず、一度たりとも。


 周囲はなかなかその事実に気づかなかった。

 その道場では小学生、中学生、高校生社会人の部ごとに月例の練習試合が開催されている。少年は初めて出場した小学生の部の月例会で、竹刀さばもおぼつかないまま優勝してしまう。


 微笑ましい『初心者の(まぐ)れ』に皆は笑顔で拍手を送った。

 1か月後、少年が2連覇を成し遂げた日も『あぁ、またか。頑張ったね』と流された。

 そして3連覇目さえも、大人たちは『運がいい』と流しそうになった。


 だが、流石に子供たちが気付き、騒ぎはじめた。月例会だけではない。日頃の稽古においても、幼い頃から剣道を続けている者さえも、少年から一本を取ったことがある者は一人もいなかったのだ。


 まさに天賦の才。


 勘が鋭いのか、反射神経がずば抜けているのか。

 またはその両方なのであろうか。

 形は初心者然としているのに、少年の強さは群を遥かに抜いているのだ。


 当初は少年の『不自然な強さ』を毛嫌いする者もいた。

 しかし、学年が上がる頃には少年の体にも剣道のための筋肉が発達し始め、基礎が身に付き、構えや体さばきも堂に入ってくる。そうなると、少年の才能を認めざるを得ない。


 麒麟児現る。

 誰もが少年の将来を確信した。


 ――だが、運命の歯車は思いもよらぬ方向へと回る。


 少年が中学2年生になった年。夏休みに入ってすぐに開かれた剣道の公式試合で、彼は優勝トロフィーを勝ち取った。


 その帰り道。少年はトロフィーと防具を置きに学校へと立ち寄る。時は夕暮れ。その日に限ってどの部活も活動を終了しているようで、学校は閑散としていた。


 少年は部室のロッカーへ防具をしまい、トロフィーを棚に飾った。そして暫く、黙り込んだまま、まだ埃をかぶっていない真新しトロフィーをぼんやりと見つめ続ける。


 やがて、閉め切った部室の熱気で汗ばんだ額を手の甲で拭い、部室を後に、校舎へと続く廊下を歩き始めた。


 優勝した直後にもかかわらず、その足取りはいつになく重く、表情は暗い。


 少年は決勝戦のことを思い出していた。


 初めて出会うタイプの相手。才能と努力を掛け合わせたような美しく鋭い太刀筋。どこか冷酷さを感じさせる冷ややかな眼差し。ピリピリと押し寄せる敵意。辛うじて勝つことができた。強力な相手だった。


 強かったのはそいつだけではない。学年が進むにつれ、周りには才能があり努力もしているライバルが次々と現れてきている。


 その一方で、自分は『才能で勝つ』以外の方法を知らない。


 正直なところ、自分が何故強いのかを彼自信でさえ上手く説明することができない。


 だからと言って、練習が馬鹿らしく思えるほどプライドが高いわけではない。努力が嫌いでダラダラと過ごしていたいと言うわけでもない。


 だが、いつか彼らに追い抜かれたとき。敗北の淵から這い上がり、再び彼らに伍するだけの努力を積み重ねられる自信が、自分にはない。


 何となく勝てるから、何となく好きで、何となく続けていた剣道を、本当にこのまま続けていて良いのだろうか。


 誰もが、才能があるから続けるべきだと背中を押す。けれど、自分にはもっと他にやるべき事があるような気がする。同時に、やるべき事などひとつもないような気もする。


 恵まれている筈の現状とはまるで無関係に、不確定な未来に対する漠然とした不安。


 少年はそんなものを感じていた。


 ふと高い所からの景色が見たくなり、見晴らしが良い最上階の渡り廊下へ向かう。熱気がこもる階段を昇り、渡り廊下の窓から外を見渡すと、校庭を囲む高い木々が7月の夕日に照らされて長い影を落としていた。蝉の鳴き声が遠い。


「――ま、いっか」


 深くは悩まない。

 青春の悩みの片端を、持ち前の適当さでサラリとかわす。



 異臭に気が付いたのはとのときであった。



 むせかえるほど濃密な生臭ささが周囲に満ちてゆく。


 気配がした方向を振り返ると、廊下の真ん中に黒いビニールのゴミ袋が棄てられていた。悪臭はそこから押し寄せてくる。


 少年はギョッとした。先ほど歩いてきたときは、そんなゴミ袋などなかった筈だ。彼は誰かのイタズラであろうと察して周囲を見まわした。だが、人影はない。長い渡り廊下は閑散としており、人が隠れられるスペースもない。


 ゴミ袋から漏れだした赤黒い液体が廊下に広がると共に、異臭が更に増す……生臭さい、鉄の臭い。


 ゴミ袋が、ゴソッと動いた。


 少年は咄嗟に飛び下がり、素手のまま剣道の構えを取った。


 ゴミ袋は液体を滴らせながら、のたうつように近付いてくる。


 少年は目を見開き、自分の目を疑った。そして、自分の目に見えているものが何であるか、理解することを拒否しようとした。


 だが、ゴミ袋の一角がむくりと立ち上がり、そこに一対の目が見開いたとき、忌まわしい予感が現実であることを否定できなくなった。


 ゴミ袋などではない。


 それは、血まみれの人間であった。


「――ゴフッ」


『それ』は血の塊を吐き出すと、少年を真っ直ぐに見据えた。

 そして、赤黒い血が滴る口を開き少年に呪いの言葉をかけた。



 ――その腕を鎖でつなぎとめろ。さもなくばこの学園は地獄に変わる、と。



 恐怖にひきつり身動きさえ取れない少年に、その、『血まみれの幽霊』は青白い光を放った――。


 失神から目覚めたとき、少年は病院のベッドにいた。看護士も医師も家族も、みな明るい笑顔で彼に接した。


 学校で倒れている所を警備員が見つけてくれた。脱水気味で、疲れも溜まっていたのだろう。大方はそんな話となっていた。


『何か』を見た。そんな少年の言葉に応じて学園内のすべての監視映像がくまなく検証されたが不審者の姿はなく、血痕も見当たらなかった。

 すべて体調不良による幻として扱われた。


 だが、事件は少年の心と体に深刻な影を落としていた。一週間ほどの静養のあと。剣道の稽古に復帰した時に、彼の輝かしい才能が失われていることが判明したのだ。


 目の前の素早い動きに集中すると視界が一瞬、暗転してしまう。とても剣道ができる状態ではなかった。


 再診がおこなわれたが体に異常はなかった。

 ストレスによる目眩。

 医師はそう診断した。


 勝ち続けることに対するストレス。

 試合での苦戦。

 夏の暑さ。

 それらが原因であろう、と。


 全てのスポーツが禁止された。『治るまで』そんな医師の言葉が、少年には永遠に感じられた。


 少年はストレスが原因ではないと信じていた。

 原因は、『血まみれの幽霊』の呪い。


 少年は信頼できるごく少人数にそのことを話した。だが、誰も心から信じてはくれなかった。


 少年は話す対象を増やしてみたが、彼に向けられる哀れみと蔑みの視線が増えただけであった。

 努力しても少年に勝つ事ができなかった部活や道場のメンバーは、むしろ彼の不幸を歓迎しているようにさえ見えた。


 少年を過去に置き去りにして、時は流れてゆく。


 少年は変わってしまった。


 今までの彼を知る誰もが、驚くほどに。

 今までの彼を知らない者が、近づくのをためらうほどに。


 閑散とした校舎に

 鎖が擦れる音が響く。


 革のブレスレットからベルトループへと繋がれた鎖。まるで囚人のように、右腕も、左腕も。


 低くはない筈の背が少し低く見えるのは、軽く背を丸めて歩く癖がついたからだった。


 生まれつきカールしている髪は伸びすぎて、活発であった頃は多くの女子生徒の気を引いていた凛々しい顔に陰鬱な影を落としていた。陰からのぞく涼やかな眼差しは、見る者によっては苛立ちを秘めているようにも、悲しみに暮れているようにも見える。


 あの日以来、少年を支配しているのは、あの『血まみれの幽霊』への復讐の心。


 自分に呪いをかけたあの幽霊を求めて、今日も夕暮れの学園を彷徨い歩く。


 少年の名は、屋守(やがみ)祐介(ゆうすけ)と言う。

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