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ヴァルはそのまま怪我をしている黒服のところに行ってしまった。
「それで、誰がこんなことしたんですかお兄様」
「キミの兄ではないけど、屋敷を蹴撃したのはおそらくハルファ商会だと思うよ」
「ハルファ商会?」
「元々父様と取り引きをしていた大きな会社だ。原材料の物流から加工、搬送までを自社で行っているためほぼすべての利益を独占している。全部自社で解決しているわけだから当然だ。まあ、それも表向きだけど」
「裏じゃやばいこともやってたって聞こえるんだが」
「実際そうなんだよ」
ベンノが苦い顔をして俯いた。
「人さらいに人身売買、危険薬物の製造や販売なんかもやってるって噂だ。この目でみたわけじゃないが、情報屋を使わせてある程度の証拠は得ている。間違いないだろう」
「そんなところといまだに繋がりがある貴族ってのもなんだかな」
「うちは貴族でもあり商会という特殊な環境だから、横の繋がりというのは非常に大事なんだよ。商売ができなくなるかもしれないしね。それでもハルファ商会とはほとんど縁を切ったよ。父様と俺は違うからね、必要最低限のやりとりしかしてない」
「逆に、先代よりも繋がりが薄くなったからこんなことしたんじゃ?」
「それは関係なさそうだけどね。ハルファ商会はかなり大きいし、シュヴァリエ家と疎遠になったところで利益に影響はない」
「でもノアが攫われて花街に連れてかれてたぞ。ハルファ商会ってのは人さらいして風呂に沈めるのが本業なのか?」
「花街に?」
ベンノは指を顎に当ててなにかを考え始めた。思い当たる節でもなければこんなふうに考えたりはしないだろう。
「なんか知ってるのか?」
「一応、ね」
話すかどうか迷っている感じだったが、諦めたようにため息をついたあとで少しずつ喋り始めた。
「ハルファ商会は裏の仕事の特性上、とある組織と繋がりがある。組織の名はニーズヘッグ。裏の社会で名を馳せる極悪組織だ」
「ニーズヘッグって前にノアを売ろうとしてたとこじゃねーか」
ノアと出会ったあの洞窟。そこでノアを監禁していた連中だったはずだ。
「ノアが売られようとしてたのか?」
「そういうことになるな。それを助け出したのが俺ってわけだ」
ここは自信満々に胸を張っておこう。俺が俺がと誇張しておけば今後なにかの貸しにできるかもしれないしな。
「そうか、やはりそういうことか……」
「そういうことってなんだよ。自己完結してないで教えてくれよ」
「父様がノアを売ったのはニーズヘッグなんだよ」
それならばノアがニーズヘッグに囚われていたことに関して問題はない。問題があるとすれば別のところだ。
「整理させてくれ。ノアは確かにニーズヘッグに囚われていた。でも同時にノアには暗殺の依頼も父親であるグラントから。依頼先の組織とかはわからないけど」
「それはどうにかしてもノアを消したかったんだろうね」
「ニーズヘッグに売渡して、別の組織には暗殺を依頼、ハルファ商会には誘拐を指示したってことか? 随分と手が込んだことするな」
「ハルファ商会はもしかしたら違うかもしれないけどね。あそこの会長がノアのことを気に入ってたみたいだから、私利私欲っていう可能性もゼロじゃない」
「ハルファ商会の会長はなんて言ってたんだ?」
「いや、風の噂ってやつだ。シュヴァリエ家の長女を欲しがってるっていう噂話」
「よくわからん三つ巴の完成、か」
でもなんだか引っかかる部分がある。
グラントがノアのことを嫌いっていうのはよーくわかった。どっかに売り飛ばしたのはおそらく金銭のため。殺しを依頼したのはこの世から消したかったから。
しかしそれはノアがビーストの先祖返りだからだ。つまり他の家族は大事にしてる。
そう考えると、今まではグラントがいたからハルファ商会はシュヴァリエ家に手が出せなかった。当主がベンノに変わったことで遠慮がなくなったと考えれば辻褄が合う。
問題なのはそこじゃない。そこじゃ――。
「わかったぞ」
そこで閃いた。どうしてノアが狙われたのか、その理由が。
「わかったってなにがだい?」
「いいですかお兄様。これは壮大な勘違いが原因なんですよ」
「敬語に戻らなくてもいいし俺は君の兄ではないね」
「今はそんなことはどうでもいいんです!」
「悪いけどお兄様で押し切られそうだからそこだけは訂正させてくれ」
クソっ、意外とスキがないな。
「それはおいおい話し合うとして、ハルファ商会がノアを攫った理由がなんとなくわかったんだ」
「思い当たることでも?」
「ハルファ商会の会長が長女のことを可愛いと言ってた。それを聞いたのはもうすでにノアがこの家を出ていったあとでいいんだよな?」
「そういうことになるね。父様が死んで俺が家督を継いだあとになるからここ数年の出来事だ」
「となると、もしかしたらハルファ商会はノアのことを知らない可能性が高い」
「それはどうしてだい?」
「グラントはノアのことを隠したかったに違いないからだ。秘密裏に裏の組織に売ったのもそう、暗殺依頼を出したのもそう。グラントがノアを世間の目に晒すわけがない。となればハルファ商会がエレノアという少女のことを知っているはずがない。そう、グラントはきっと隠していたに違いないんだ」
「でも現にエルは攫われたんだ」
「だから、誘拐したヤツがノアのことを知らなかったんだ。だからノアを攫った」
「言ってる意味がわからない」
「攫う予定だったのはラウラだった。そう考えれば辻褄が合う」
これでグラントの思惑やハルファ商会の行動も説明がつく。
「少女趣味、というやつか」
「たぶんだけど、攫ったけど本来の目的とは違うから花街に連れて行かれたんだと思う。となるとこの先の展開はなんとなく予想できるな」
ハルファ商会は、ある意味ではグラントと同じような思考を持っているに違いない。ニーズヘッグもそうだが、彼らの思考は非常にわかりやすい。類は友を呼ぶ、とはおそらくこのことだろう。




