16
そうして屋敷の前にやってきた。そう、シュバリエ家の屋敷の前だ。
「うわー、とんでもないことになってる」
屋敷は半壊状態。何者かに襲われたのは明らかだ。
「こういうことだったのね」
ヴァルは屋敷を見つめたまま腕を組んだ。
「こういうことってどういうことだよ」
「ほんの少し、ほんの少しよ? ほんの少し、本当にちょっとだけ思ってたことがあるんだけど――」
「さっさと言えや」
左乳にビンタが炸裂。
「痛いんだって!」
「天罰だ」
「アンタは神でも仏でもねーわ」
「おい、こんなやり取りをしてる暇ないんじゃないか?」
「アンタのせいだよ」
あんまりからかうと拗ねちゃうからこのへんにしておこう。
「で、なにを言おうとしてたんだ?」
ジト目でため息。ふむ、悪くない。
「ノアが戻ってくることに関して、シュヴァリエ家が妙に寛大だなと思ってたのよ。すんなりいきすぎなんじゃないかって」
「つまり花街にノアを売ったのはシュヴァリエ家だと考えたわけだ」
「そういうこと。なくはないでしょ?」
「あの母親にそんな度胸があるとは思えんが」
「まだ長兄の姿を見てないわ。ベンノとか言ったかしら。そのベンノがお父上と同じ志を持っていないとも限らない」
「お兄ちゃんがノアを売ったと」
「と、最初は思ったわけ。でもこの有様を見る限るだと、私の考えは間違ってたのかもしれないなって」
「とりあえず話を訊くか」
「生きてればいいけどね」
「不吉なこと言うなよ……」
門をくぐるとメイドに声をかけられた。昨日俺たちがこの屋敷に来たことを知っているらしい。
そのメイドに話をすると屋敷の中を案内してくれた。
シュヴァリエ家の屋敷の中では負傷した黒服や給仕たちが医者の治療を受けていた。廊下で倒れている者もおり、冗談では済まされない出来事が現在進行系で進んでいるというのがよくわかる。
「シュヴァリエ家って結構デカイよな」
「大きな商会を持ってるわね」
「警備も厳重だったし、下手に事を荒立ててもいいことなさそうだけどな」
「奇襲するだけの理由があったと見るべきでしょうね」
そうして奥の部屋までやってきた。
部屋の中には何人かの男女。位が高そうでいい服を着ている。その服も汚れているところを見ると、なんとか逃げてきたといったところか。
太った中年男、そいつに寄り添う中年女、おそらく夫婦だろう。三十代くらいの男が三人、いずれも中肉中背。まだ十代かそこらだと思われる少女が一人と黒服が二人。あとはリヴィアとラウラだ。二人の近く、壁に寄りかかって座る男がいる。おそらくはあれがベンノだろう。
俺たちが近づいていくとリヴィアとラウラが反応を示してくれた。
「来てくださったのですね」
「まあ、いろいろありまして」
花街のことは一旦黙っておこう。
「怪我もなくてよかったです」
「私とラウラは大丈夫でした。ですがベンノは……」
座り込んでいるだけあって具合が悪そうだ。というか腹のあたりが真っ赤に染まっているではないか。
「おいおい、ちょっとマズイんじゃないか?」
「爆風が起きた時に木の破片が飛んできたんです」
「なるほど」
銃で撃たれた、というようなことはないのか。
「ヴァル」
「すぐ私に頼るー」
「お前のことを信用してるからだろ。それにこの世で一番頼りになる女だとも思ってるし、俺にとってかけがえのない存在だって声を大にして言える」
「もー、そこまで言われたらぁ? 断れないじゃなーい?」
顔をちょっとだけ赤くしながらもしゃがみ込み、ベンノの治療を開始した。
「罪作りな男だ」
とガーネット。
「ノアが知ったら怒りそう……」
とキャロル。
「俺の仲間はおらんのか」
「「いないかな」」
「仕方なし」
二人から言われたら納得するしかねーな。
と、そんなことをしている間にも治療は完了したらしい。さすが世界最強の魔女だけはある。




