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この世には七つの種族があるらしいと、昨日の夜教えてもらった。大きなベッドで三人で眠ったのだが、なぜか俺が真ん中だった。
俺やヴァルのようなヒュート。いわゆる普通の人間。
ノアは混血だが、獣人ともよばれるビースト。
耳が長く、聖なる力を持つと呼ばれるエルート。
肌が灰色で豊富な魔力を持つイビルト。
身体が大きく力も強いギガント。
背が低く力が金属加工などが得意なドワルト。
ウンディーネやドライアドなどの亜人呼ばれるデミート。
モンスターにもたくさん種類があるらしいが、聞いていたら眠れなくなりそうなのでやめておいた。五百年分の知識を一晩で披露されても困る。
起き上がって着替えを済ますと、ヴァルがめちゃくちゃ睨んでいた。
「なんだよ、なんかあったか?」
「昨日の夜のこと、覚えてないの?」
「すぐ寝たからな」
「どっちかというと寝たあとのこと」
「お前になんかしたっけ?」
「逆だよ。なんでなにもしねーんだよ。なんでノアを抱きしめたまま眠りにつくんだよ。そいつメインヒロインじゃねーんだよ」
「口が悪いぞ。気を遣え気を。いい年なんだから」
「ホントにムカつくガキだな……」
「はっはっはっ、いつまでも他人をガキ扱いしてるから自分が大人になれないのだよ。本当の大人は子供のことをガキと言わない」
またハンカチ噛んでる。綺麗なハンカチがボロボロになっちゃうぞ。
「そういえば気になってたんだが、昨日のヤツらがニーズヘッグなのか? えらい少人数だったが」
「ニーズヘッグじゃなかった。あのナイフは盗品だったみたいね。人騒がせったらない」
「それならよかった。でかい組織とドンパチやらなくて済むってわけだ」
「ドンパチって、どうせお前はなにもしないでしょうが」
「まあヴァルならドーンで終わりそうだけどな」
「終わるとは思うけど被害は甚大よ。できれば関わりたくない」
「そりゃ俺も一緒だ」
そんな話をしていると、のそりとノアが起き上がった。
「もう朝か……」
「ああ。着替えが終わったら朝食にするか」
「ふわあ」とノアがあくびをした。
「じゃあさっさと着替える」
有言実行とはこのことを言うのか、ノアは数秒で着替えを済ませていた。と言ってもワンピースを被っただけなのだが。
「ワンピースは動きづらくないか?」
「シャツとズボンより楽かな。スカートには慣れてるし。なにより被るだけで終わり。見られて減るものもないしね」
「恥じらいを身に着けろって」
「恥じらったところで男どもを喜ばせるだけ。私はそんなのはもう嫌なの」
「お前がそう言うならいいけど」
三人で部屋を出て一階に降りた。そこで朝食を済ませた俺たちは、本来の目的である解呪師ルナを探す旅にでかけるのだ。
すれ違う人たちから感謝されながら町を出た。向かう先は迷いの森。
「なあヴァル」
「なによ」
「もうちょっと化粧の時間短縮しない?」
朝食が終わってから旅に出るまで、実は一時間くらい待たされた。おそらくだがこれからもこういう時間はできるだろう。
「すっぴんで外に出るなんて考えられないわ」
「化粧なんて必要ないと思うけど。私を見てみろ、生まれてこの方化粧なんてしたことがない」
「十六の小娘にわかるわけないでしょうが! こっちとら五百二十五歳だっつーの!」
「お前五百歳じゃねーんじゃねーか」
「うるせー! 誤差の範囲だろうが!」
「五百までいったら逆に端数なんてどうでもいいだろうに」
「あんまり細かいことぐちぐち言ってると眠った後あと上に跨っててめえのリトルサンヒーヒー言わせるからな!」
ようやく気がついたのだが、俺が思っていた異世界召喚とは趣きが少し違うようだ。本当にこれでいいのだろうか。そんなことを思いながら足を動かすことに集中した。
「なんか言えよ!」
「構ってちゃん下品ババア……」
この魔女が独身である理由がなんとなく、いや確実にわかった。そんな、十七歳のある日のできごと。
「こんのクソガキー!!」
でもまあ、嫌いじゃない。
Continued on next time.