13
女の後について歩き、地下に下りていく。そこそこ長い階段だったがようやく階段が終わる。階段のところにはカウンターらしき台があり、一人の老婆が座っていた。
「お客さんだね」
「ま、そういうことになるかな」
鼻の下を人差し指でさすりながら言った。
「なぜ得意げなのかはわからんが」
そう言いながら差し出してきたのは一枚の上質な紙だ。
「なるほど、料金表な」
「一時間で二万だ」
「結構高くない?」
「どの店もこんなもんだ。で、どうするんだい」
財布には十万くらい入ってるし二万くらいどうってことない。
「じゃあ相手を選ばせてもらおうか」
「これだよ」
もう一枚、上質な紙が差し出された。
似顔絵がずらりと並び、その下には年齢らしき数字が書いてある。そのまた下には四角い枠があり、身体的特徴やらが記入されていた。
上の段から下がってくるに従って年齢が上がる感じか。
うむ、どの子も可愛い。
「50歳おるけども……」
さすがに半分から下はない。
「はよう決めい。後ろ詰まってるでな」
確かに、ちょっと振り向いただけでも三人は待っている。
「若くておすすめの子は?」
「一番上の段のジェシカだな。一番上の段は三万だけどそれでもよければ」
色白で身長は低く顔の造形はどっちかというとアジア系か。外国人系の美形よりも馴染みはあるしおすすめでいいだろう。
「じゃあその子で」
「あいよ。クリム、連れてってやりな」
俺を連れてきた女が俺の腕を掴んだ。コイツがクリムって名前なのはじめて知ったけど、たぶんコイツのこと呼ぶようなことはないから問題なさそうだ。
カウンターから左に歩いていく。通路は割と広く、人が横に三人並んでも余裕がある。通路の左右には小さな部屋がいくつもあるようだが、通路と部屋は薄っぺらいカーテンで区切られている。中から女性と男性のいかがわしい声が聞こえてくるので、おそらく、たぶん、いやきっとそういうことなんだろう。
しかし連れて行かれたのはその更に奥だった。
その時、右側のドアから男が入ってきた。薄暗かったが、そのドアの向こうは階段になっているらしい。
大男は細身の女性を小脇に抱えていた。女性は猿ぐつわをされており、なおかつ気絶させられているらしかった。
「クリム姉さん、これ、例の」
「金になりそうな女ね」
クリムは女性の顔をくいっと上げた。
一瞬目を疑ったが、どこからどう見てもノアである。
「なんだい? こっちの女の方がいいかい? でも悪いね、まだ調教できてないんだ。次来た時までにはしとくよ」
「調教ってなにすんだ?」
「簡単よ。合法的なお薬を使ったり、快楽を与え続けたり、食事をさせなかったり。まあ、そうしなきゃ生きられない体にするだけさ」
クリムは「おっと、これは極秘な」と言いながら俺の腕を自分の胸元に抱き込んだ。
俺はその腕を勢いよく振りほどく。
「アンタら、もしかしてここにいる子たち全員にそんなことしてんのかよ」
「全員じゃないけど、半分以上はそうなっちゃうわね。中には元締に大きく借金したヤツの親族だったりするし、借金の方に売られてくることもあるから仕方ないと言えば仕方がないわけよ」
「それを正しいと思ってやってんのかよ」
「なにをもって正しいのかによるけど、基本的には正しくないんでしょうね」
続けて「花街じゃなければ」と付け加えていた。
「いい? ここはそういう場所なの。ここに入った以上はここのやり方に従うしか生きる方法はない」
「でもこの子は違うだろ?」
クリムは難しそうな顔をしながら腕を組んだ。
「なんでこの子が違うって言えるの?」
視線が交錯する。
俺は自分の首に手を当てて魔力を込めていく。
「俺がこの子を知ってるって言ったらどうする」
クリムの目の色が変わった。
「ガド!」
大男がノアを床に落とし、俺に向かって拳をぶん回した。大岩みたいな拳だが、通路が狭いせいで力をセーブしてるようだ。スピードもパワーもそこまでではない。特にノアの紋章を使っているのでこれくらいは簡単に避けられる。
屈んで大男の拳を避ける。何度か避けて大男を通路に引きずり出す。何回目かで一気に駆け出し、素早くノアを抱えて出入り口の前へ。これでなんとか退路は確保できたか。
確保はできたが、コイツらにはいろいろ訊きたいことがある。
「誘拐してきたのか?」
大男は重心を落として突進の体勢に入る。コイツに訊いてもちゃんとした返事は返ってこなさそうだな。




