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付き合いが短いせいでガーネットのことはよくわからない。しかし、この笑みに嫌味が含まれていないことはなんとなくわかった。
「よく、わかったわね」
「なんとなくわかるわ。父が私のことを殺そうとしていたのは、きっとママも知ってたんだと思う。だからママは、父が雇った殺し屋に私が殺されないようにとガーネットを雇った」
そこでふと疑問に思ったことを口にしてしまった。
「待て待て。でもガーネットはまだ若くないか?」
「それは私が説明する」
ガーネットが腕を組んだ。
「本来、この依頼を受けたのは私の師だ。だが師はもう老体でな、数年前に逝ってしまったよ。それで私がこの依頼を引き継いだというわけだ。だから私はエレノアを幼い頃から知っている」
「じゃあノアが命を狙われた際に助けてたのはガーネットなのか」
「まあ、そういうことになるな。グラントは殺し屋を何度も雇ってたから、それはもう面倒なことこの上なかったがな」
「それだけじゃないんでしょう?」
ノアの顔はどこかスッキリとしていた。決して無表情というわけではないが、笑顔であったり悲哀であったり、そういう雰囲気もない。
「どういう意味で言ってるんだ?」
「ずっと疑問だったの。誰かに買われる度に、その主人が失踪したり死亡したりしたこと。主人たちが失踪、もしくは死亡して私が開放されるのには必ずと言っていいほどに共通点があった。だいたいの場合、私が大きく痛めつけられた直後のこと。おそらくこのままでいけば性的暴行もありえる、と思えるような出来事のあとだった。私の元主人たちを始末したのもアナタなんでしょ?」
「なかなか鋭い。最初は私と師匠でやってたが、そのうち私一人でやるようになった。依頼料もちゃんと定期的に払ってもらってたしな、難しい仕事じゃないのに大金が入るんだ。誰だってやるさ」
「私にはそれだけには見えなかったけど」
ノアは「まあいいわ」と自分から会話を切った。
「エル、戻ってきてくれるのよね?」
リヴィアが恐る恐るそう言った。
今、親子の間には大きな壁が立ちふさがっている。子供を守れなかった親と、親を許せない子供。
「悪いけど戻ることはできない。」
「どうして? グラントが死んで、家に帰れない理由なんてなくなったわ。もう後ろ指を差すような人はいない」
「家の中には、ね」
「他人がどう言おうが気にすることなんてない。アナタは私がお腹を痛めて産んだ子よ。間違いなく私の子。どれだけ時間が経とうとも、どれだけ姿が変わろうとも、アナタが私の子供であることに変わりはない。だから戻ってきてちょうだい。お願いよエル、私にはアナタが必要なの」
ノアは両拳をキュッと握りしめていた。
気持ちがわからないでもない。戻りたい気持ちはきっとあるはずだ。というよりも、しがらみがなにもなければ今すぐにでも戻っているはずだ。確執があったのは父親とだけだったんだからそれも当然だ。
しかし、今までの人生をかなぐり捨てていくことなんてできないんだ。だって今のエレノアという少女をここまで育てたのは父でも母でもないのだから。
エレノアを育てたのは他でもない。彼女が忌み嫌ってきた奴隷商や買われた先の主人たちだ。
「それでも戻れないんだ」
と、ノアが俺の腕を掴んで自分の胸元へと引き寄せた。一気に距離が近くなったのでドキドキしてしまう。
「今の主人、コイツだから」
「その人が、主人?」
「ちょっと面倒な呪いがあるの。それを解かないと私はここには戻れない。でも、それが終わったらちゃんと帰ってくる」
「本当に帰ってきてくれるの? なにも言わずにどこかに行ったりしない?」
「しない。だからもう少しだけ待ってて欲しい」
リヴィアはノアの手を握り、何度も何度も優しく揉んでいた。
「ええ、ええ。待ってるわ。いつまでも。だからちゃんと戻ってきて」
「うん、戻ってくるよ。それとありがと。私を守ってくれて」
ノアが両手を広げると、リヴィアは涙ぐんだまま胸に飛び込んだ。普通逆なんじゃないかとは思うが、なんというかこの家族はこれでいいのかもしれない。
こうしてシュバリエ家のゴタゴタは一旦幕を引いた。
俺の頭に僅かな頭痛を打ち付けて、一応の解決を迎えて夜は更けていった。




