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屋敷の中、ノアを先頭にして歩みを進める。ただ気になったのは、自分の家という感じで歩いているように見えないのだ。「ここはあっちで」とか「確かここが向こうに繋がってて」という独り言が聞こえてくる度に不安になる。
「ノア、本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫に決まってるでしょ。一応私の家なんだけど?」
「その割には手探り感満載なのは気のせいなのか? もしかして俺だけ?」
振り返って他の連中を見ると全員が手を上げていた。俺の意見に賛同するという意味合いだろう。
「ほら、俺だけじゃなかった」
「まあ全部覚えてるわけじゃないから不安にさせるのも仕方ないとは思ってるけど」
「覚えてないのかよ」
この屋敷はとても広い。朝までにたどり着けなかった、みたいなのだけは避けたいところだ。
「私、元々地下で生活することが多かったから」
「あー、これもしかして重いやつ?」
「そこまで重い話じゃないわよ。隔世遺伝でビーストとして生まれ、父はそれを隠すために私を軟禁してたから」
「重いじゃねーか」
メンタルが押しつぶされてしまいそうだ。
しかしノアがこの屋敷に詳しくない理由はわかった。詳しくないとなるとノアを先頭にしておく意味もなくなるわけだが。
「重くないわよ。私がそこまで気にしてないわけだし」
「ホントに気にしてないのか?」
「大丈夫よ。過ぎたことだもの」
そう言ったあとでノアはため息をついた。このため息にどんな意味が込められているのか、俺は深くは考えなかった。
屋敷の中を散策しながら目的地に向かっていく。
「っていうかそもそもの目的地ってどこだ」
気付いたら目的地を見失っていた。
「私の父でしょ」
「でも親父さん眠ってたら来た意味なくない?」
「そのへんはだいじょーぶ!」
俺とノアの間にヴァルが割り込んできた。わざわざ物理的にも割り込んでくる必要はまったくない。
ちょっとムカついたから乳を軽くひっぱたいた。
「あんっ」
「急にそういう悲鳴上げるの? 今までとの対応の違いにびっくりだよ」
「たまには女性らしくしようと思ったのよ」
「そういうのいいから。で、なにが大丈夫なんだ」
「よくぞ訊いてくれました」
「はいはい、胸を張らなくてもお前の乳はデケェよ」
「おそらくはこの屋敷の中でも重要そうな人間だけは魔法の効き目を弱くしておいたのよ」
「すげーな、と思う反面、もうなんでもありなんだな感がめちゃくちゃ強い」
重要そうという判断基準はいったいどこで行っているのか。きっとそこは突っ込んだら負けなんだろうな。
「だからその重要そうな人物に向かって歩けばいいわけよ。それじゃあ改めて出発しましょうか」
今度はヴァルが先頭に立った。どうしてこうなった。
しかし、ヴァルが先頭になった途端に進行速度が早くなった。なにもかもわかっている、といったような歩き方だ。脳天から伸びている髪の毛が道を指し示しているようだ。あんなアンテナ今までなかったろ。もしも今このタイミングで作ったのだとしたら「いや、そこはもっと別のことに魔力を使えよ」と言いたくなる。
こうして、奥の方にある大きなドアの前までやってきた。
「ここに重要人物が?」
「と、私のアンテナが言ってる」
自分でアンテナつっちゃったよこいつ。
「ここ、両親の寝室だ……」
「来たことはあるんだな?」
「何回か来たことあるかな。ママは私と一緒に寝たがったから」
「親父さんの方は?」」
「父は私のことを毛嫌いしてた。だからママは父がいない時だけ、私と一緒に眠ってたってわけ」
このやり取りだけでもいろんなものが伝わってくるな。特にノアと父親の間にどれだけの確執があったかとか。ノアの境遇だとか。母親だけがこの家で唯一の拠り所だったんだとか。
「まあその、なんだ。今日いろいろ解決するといいな」
「解決すればいいけどね」
それほどまでに溝は深い。きっと俺やヴァルが考えるよりもずっと、深い溝があるに違いない。
ノアはドアを開けようとする仕草はない。このままノアの心の準備を待つのもやぶさかではないが、なんだか背中を押されたがっているようにも見えた。
「じゃあノアさん、よろしくお願いします」
ドアに向かって手を差し出す。ノアは深呼吸を一つしたあとでドアノブを握った。そして、ゆっくりとドアを開けた。
「だれっ?」
暗い室内からそんな声が聞こえてきた。




