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バルサの町ではえらく感謝された。幸いと言っていいのか、さらわれた四人の女の子たちは全員無事だったらしい。
宿を無償で提供してもらった。まだ日は高いが、歩いて次の町へ行こうという気になれなかった。きっとヴァルはそれを察してくれたんだろう。
エレノアの服を買ったりして宿屋に行けば、すぐ部屋に案内してくれた。エレノアは部屋につくなり、着替えを持って風呂に直行した。
俺とヴァルは部屋に残り、茶を飲みながら菓子をつまんでいた。俺はソファーに、ヴァルはベッドに。
「でもよくわかんないんだけどさ」
「んー? なにが?」
ベッドに寝転んでいるヴァルが返事をした。宿の売店で買った雑誌を読みながら菓子を食べている。これが魔女、と言われても誰も信じない。
普段の服も露出多めだが、今は下着にビスチェという挑発的な格好である。部屋につくなり脱ぎだした。ただの痴女かこいつは。
「なんで部屋を分けなかったの? なんで三人一緒の部屋なの?」
「贅沢言うなよ。無料なんだから」
「それでいいのかよ。一応女だろ」
「一応じゃないわ! 普通に女だわ! 見ろやこの女性らしい胸! くびれた腰! 張りのある尻! 魅惑のボディに男なんてイチコロじゃないのよ!」
「誇れるところが身体しかない時点でお察しでは?」
「顔だって自信あるわよ! 自信しかないわよ!」
「だからそれがダメなんだってば……」
「なにがダメなのよ! くそー! くそー!」
一気に語彙力が消滅したな。
ドアが開き「ただいま」とエレノアが帰ってきた。いいタイミングだ。俺だけでコイツを制御するのは困難極まりない。
だいぶ綺麗になった。思ったよりも肌は白く、髪の毛だってサラサラだ。
しかしなぜ下着姿なんだ。しかも上はつけておらず、首からタオルをかけて隠しているだけだ。どいつもコイツも恥じらいを知れ。
「服を着なさい」
「部屋なんだしいいでしょ」
「風呂からここまで下着姿で来ただろ」
「たった数分、なんの問題があるの。それに私なんかに欲情するようなやつはそうそういない」
「そう、思うか?」
「そりゃそうだ。身体は貧相で性格はガサツ。それに耳は頭の上の方についてる。いわゆるビーストってやつね。変態しか欲情しないわ。ヴァレリアとはえらい違い」
「面倒だからヴァルでいいわよー。私もノアって呼ぶからー」
「そういうならそうする」
「じゃあ俺もノアで」
「いいよ、好きにしなよ」
「話を戻すが、お前に欲情する男はたくさんいる。年はいくつだ?」
「十六だけど?」
「尚更だ。貧乳で猫耳で若い。これだけでも需要がある」
「変態にね」
「世の中変態は多いぞ」
「知ってる。経験済みだ。こっちは十歳から奴隷やってるんでね。一年周期とかで主人は代わってきたけど、どいつもコイツも変態野郎だったよ」
こちらに近付いてきたかと思えば、隣にどっかり腰をおろした。自分で買ってきたのだろう牛乳を飲み始める。
「もしかしてアンタも変態野郎なのか?」
「かもしれないな」
「否定しないのか。こりゃ、今夜は久しぶりに嫌な思いしそうだな」
「それはないから安心しろ。そういう理由でお前を奴隷にしたわけじゃない。いいから服着ろ」
「なんだ、不機嫌になったか。冗談だってば」
ノアの顔を見た。彼女はなにかを察したのか真顔になっていた。
「じゃあこれからは冗談でも言うな。俺はゲス野郎とは違う」
彼女はため息をつき「はいはい」と服を手にかけた。
「そういえばエイジさ、ドアの前で頭抑えたでしょ。なんか思い出した?」
そう言ったのはヴァルだった。
「頭抑えてたか?」
「数秒の間だけどね」
「んー、というか思い出したからああなった」
「思い出すってなんの話?」
ノアがソファーに戻ってきた。興味がある、という顔をしていた。
「俺は記憶がちょっとだけないんだ。理由はわかんないけどな。召喚されたときになくしたみたいだ」
「召喚?」
「かいつまんで言うと、ヴァルが憂さ晴らしのために別の世界から奴隷にすべく人間を召喚した。でもその魔法は間違っていて、ヴァルが奴隷になってしまった。俺はそんなヴァルに召喚された、いわば異世界人ってこと」
「別の世界ってのがよくわからないけど、国が違うとかそういうわけじゃないのね」
「ああ。文明もなにもかも違う。俺の世界には獣耳を持つ人間はいない」
「なるほど。で、さっきなにかを思い出したと」
「たまに頭痛がきて思い出すみたいだ。前回は妹に怒られたこと。今回思い出したのはさ、姉貴のことなんだ。帰宅したら家がめちゃくちゃで、物音がした方に行ったら、姉貴がレイプされてた。で、俺は男に殴りかかった。なんで忘れてたんだろうな。姉貴があんなふうに泣いてるの、初めて見たのに」
「だからキレたのか」
「悪かったな。ちょっと強引だったわ」
視線を落とし、拳をギュッと握りしめた。思い出したくはなかったけど、これが思い出されなければ姉に対しての気持ちも思い出せなかっただろう。間違いなく、俺は姉貴のことが好きだった。だから、許せなかった。
「受け入れろっていうのは難しいかもしれないけど、それも大事な経験だと思いなさい。記憶はいつでも封印してあげる。そうすれば身体も心も軽くなるわ」
「ありがとうな、ヴァル」
「これでも五百年生きてるもの。さあ、私の胸に飛び込んできてもいいのよ」
「ヴァル……」
身体を傾け、抱きついた。石鹸のいい匂いがした。ちょっとだけ甘い匂いが混ざっているところがいい。
「おっと、そこで私にくるか。奴隷だった女だってわかってるの?」
当然だが俺の隣にはノアがいた。膨らみかけがちょうどいいんだ。
「でも嫌がってないじゃん」
「抱きつくくらいなら問題はないかな」
思った以上に男性に対しての恐怖はないみたいだ。
「おい! おいおい! 慰めたの私だろ! なんで私じゃねーんだよ!」
そんな言葉を無視してノアの胸に顔を押し付けて頬ずりした。するとまんざらでもないのか、ノアが俺の頭を撫でてくれた。
「よしよし。大丈夫だぞ」
「ありがとうノア。甘えさせてもらうよ」
「ちょっと待てや! 甘えるならたわわに実ったこっちだろ!」
「脂肪の塊に用事はないんで……」
「私の胸に詰まってんのは男どもの夢だわ!」
「ノアー」
「おーよしよし。こういうのも悪くないかもな」
ノアはいつまでも頭を撫で続けてくれた。はー、良い匂い。年は俺の一個下だが十分すぎるほどに心は満たされていた。
「男なんて嫌いだー!」
そんなヴァルの悲鳴を無視し、俺はノアに甘え続けるのだった。