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「一人だけ、思い当たる」

「それは誰?」

「グラント=シュヴァリエ。私の父よ」


 ガーネットもその答えを待っていたんだろうな。そんな顔で笑ってやがる。


「いやー待て待て待て待て。ガーネットに依頼したのが母親で、別の暗殺者に依頼したのが父親だって? そんなことある?」

「実際あるんだな、これが」


 そしてまたガーネットが一枚の紙を出した。


「もしかしてそれ……」

「アイツらの依頼書だ」


 見たくはなかったが、確かにグラント=シュヴァリエと署名がされている。偶然にしちゃできすぎてる気はするが、この世は予想もできないような偶然がよく起きる。


 なんてくだらないことを思いながら依頼書を置いた。


「お前はこれを知ってて俺たちを狙ってたのか?」

「確証があったわけではない。が、私もアイツらもエレノアを中心にして動いていたんだ。それならエレノアの周囲の人間が命を狙っていると考えるのは自然だ」


 確かに自然だ。自然だが、なんか少し引っかかるんだよな。


「で、お前はこれからどうするんだ?」

「どうするとは?」

「獲物が目の前にいるんだぞ? なにもしないのはおかしくない?」

「この期に及んで依頼を遂行する気にはなれないんだがな」

「じゃあどうするんだ」


 ガーネットは顎に人差し指を当てて目を閉じた。


 だが俺にはこれが「考えているフリ」にしか見えない。なんというか心からガーネットを信用しきれないのだ。暗殺者だからとかそういうんじゃなくて、なにもかもが「そういうフリ」に見えて仕方がないのだ。


「まあ、お前たちについていくことにしよう」

「どうせそうなるだろうなと思ってたけどね」

「私を奴隷にしたのはお前だろう?」

「別について来いとは言ってないが」

「でも奴隷なのについていかないのは不自然じゃないか」

「そういうどうでもいいところは律儀なんだな」


 暗殺者なんてやってるやつに律儀って言葉を使うことになるとはな。


「とにかく私はお前たちについていくからな」

「もう勝手にしてくれよ」


 ため息を吐きながら視線をガーネットから外した。


 そしてノアを見た。今まで見たことがないような憂いの表情。基本的に硬い表情がおおいけれど、それ

でもここまで沈んだ顔を見るのは初めてだ。


「大丈夫か?」

「え? うん、そんなに落ち込んでないし」


 嘘じゃん、と笑って言えたらよかったのだがそういうわけにはいかない。


「んじゃ行くか?」

「行くってどこに? それに唐突すぎるでしょ」

「唐突でもなんでもないだろ、今の話の流れでいけば普通だ」

「それってもしかして……」

「お前の両親に会いに行くぞ」

「嘘でしょ……」


 そう言いたいのはよくわかる。そもそも自分の命を狙った父親のところに行こうとは普通は言わない。いや百歩譲っても口には出せないだろう。だが俺はきっと普通ではないのだ。こういう時はまず対面させてみた方がいい。結果がどうあれ、間違いなく終着点には向かうはずだ。


「楽しんでる……ようには見えないな……」


 俺の顔を見てノアが言う。そう、俺は別に楽しんではいない。本気でどうにかしたいから言っているのだ。


 ピリッと、眉間に痛みが走る。


「どっちにしろ通り道だろ。だったら寄り道がてらいいじゃないか」

「すごく真面目な顔でどうでもなさそうに言うのやめて欲しいんだけど……」


 ノアはため息を吐きながらも「わかった」と続けた。


「よし、それなら今日は早めに寝て早めに向かうぞ」

「まだお昼だけどね」


 と、ノアが笑った。


 今はそれでいい。俺とのやり取りで少しでも笑ってくれるのならば、俺は泥をかぶってもいいと思ってる。このあとで大量の涙を流す可能性があるのだから、今だけはこうやって笑っていて欲しい。


 そうやって、俺たちは食事をしたり風呂に入ったりして一日を終えた。ガーネットにベッドを取られてまたヴァルと同じベッドで寝ることになった。酒を飲んで抱き枕代わりにされたことは早く忘れてしまいたい。


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