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それを聞いたガーネットは眉間にシワを寄せた。
「つまり、ここにいる女と全員キスをしたということか?」
「まあそういうことだ」
と言ったあとで気付いた。
「いや、一人だけ例外がいるな」
「例外?」
「ヴァル……魔女ヴァレリアとだけキスしてない」
ヴァルを見ると「そういえば」という顔をしている。
コイツが俺の奴隷になった時は、俺がこの世界に召喚された直後にすでに奴隷だったので明確な契約は結んでいないのだ。
「俺はしなくてもいいから別に気にしてないけど」
「ああ? 私とはしたくないってのかあ?」
急にオラつき始めた。
「別にキスしなくても契約は完了してるんだからいいだろ」
「それは私とはしたくないという意味で捕らえてよろしいか?」
「随分食いつくね」
俺は腕を組み考えた。
そしてすぐに答えが出た。
「正直なところ」
「おう、言ってみろや」
「どっちでもいい」
「ホントクソ野郎だな」
「別にキャロルやガーネットともしたくてしたわけじゃないぞ。事故と人助けだ」
「ノアとは?」
「ワンチャンあった」
「なにがワンチャンだぶちのめすぞ」
ヴァルがなんかキレ始めてしまったので話を戻そう。
「ガーネットはなんでそんなこと知りたがる? 別にお前には関係ないだろ」
「一応な。これから一緒に旅をするのだ、情報は多い方がいい。戦闘経験はあるのか?」
「俺は特にない。基本的にヴァルとノアの後ろに隠れてた。一応契約した時に体に浮き上がってきた紋章の力を使えば短時間だけ強くなれる。時間の限界は試したことないから知らない」
「そこのキャロルという少女は?」
「元々ギガント族で、体は小さくなったけど力は強いしなんとかなるだろ」
たぶんだけど俺よりも強い。
「つまり私たちを狙う暗殺者を倒すには戦力不足か」
「そんなことはないだろ。こっちには魔女がいるんだし」
「相手にも魔女がいたら?」
「そんな都合がいいことある?」
「いたとしたら、だ」
もしも相手に魔女がいたら、たぶんとんでもないことになるんだろうな。ヴァルだけでもとんでもない魔法を使えるんだから、魔女二人がぶつかりあったら町の一つや二つが吹き飛ぶくらいでは済まない。森一つとか余裕で吹き飛ばすくらいだしな。
「相手が魔女の力を持っててもなんとかなると思うわよ」
いつの間にか怒りを沈めたヴァルは、コーヒーを啜ったあとでそう言った。
「なんとかなるって? お前魔女同士の戦闘で人類の半分を消し飛ばすつもりじゃねえだろうな」
「そんなことしなくても私なら他の魔女を倒せるってこと」
右手を上げ、人差し指を立ててヴァルが言った。
「なにその右手」
「手ではない。指先一つでダウンだ」
「そういうことは言わない方がいい。で、人差し指一本でなにができんの」
「私はそう、世界最強の魔女なのよ。他の魔女とは格が違う」
「指先一つで倒せる?」
「もちろんだ。この世界にはあと数名の魔女がいる。だが魔女だからと言って長生きできるわけではないのよ。私はフェニックスの羽を体内に取り入れたから不老不死となった。だからこれだけ強力な魔女は私しか存在しないわ」
「でも指一本じゃ無理でしょ」
「それがそうでもない。相手を魔法で拘束してからドーンよ」
「急に語彙力が消し飛んだな。まあ言いたいことはわかるが」
「だが魔女と戦闘になったらアンタたちが邪魔になる。もしも魔女と戦闘になったら私の後ろに隠れてればいいわ。それができたら、魔女が相手でも問題なく倒せる。暗殺者集団も魔女も所詮は人間だからね」
コイツ、自分が化け物だって公言したことに気付いてるんだろうか。
「じゃあ俺が非戦闘要員でもあんまり関係ないな。どうせヴァルが全部なんとかする」
「アンタにそう言われると癪ね。アンタだけは助けない方向でいこうかしら」
「ホント性格悪いな」
「アンタには言われたくないけど」
そこでガーネットが咳払いをした。
「仲良く喧嘩してるところ悪いんだが、そうと決まれば早いところ暗殺者集団を壊滅させたいんだが」
確かに、狙われてるなら早めに排除した方がいい。長引けば長引くほど、ノアやキャロルが狙われる可能性が高くなる。
「暗殺者の居場所はわかってるのか?」
「ここから南西数キロ先に廃城がある。おそらくはそこに潜伏してるだろう」
「確定ではないと」
「他に行く場所がない。それに一度散策したところ、ヤツらがいた痕跡もあった」
「乗り込んだのかよ……」
「ただの斥候だ」
「斥候でそこまで踏み込むか普通」
「とにかく居場所がわかったんだ。行くなら今日の夜にでも乗り込みたい」
ここまで急かされるとコイツも敵なんじゃないかと勘ぐってしまいそうになる。
だがどうしてか、コイツの目は信用できる気がする。
「やるとしたら今日の夜か」
「夜こそがアイツらの舞台ではあるんだがな」
「でも真っ昼間から乗り込むわけにもいかないだろ」
「夜で良いわよ。気配を消す魔法くらいだったら簡単にかけられるし」
そういや魔力が落ちるみたいなのはなくなったんだっけか。それならヴァルに無理をさせてもいいか。
「エイジ、今なんかむかつくこと考えたわね」
「めっそうもない」
「絶対考えたやつ」
「とにかく夜までに用意を済ませるか」
俺たちはガーネットを残して町へと繰り出した。非常食やら毛布やらを買い込み、バッグに詰めて夜を待った。




