7
俺たちはヴァルのあとを追って洞窟の中を早足で歩いた。
たくさんの窪み。窪みの中には白骨死体なんかもあるみたいだ。
そういえば白骨死体がなんで見えるんだろうと思った。肩の斜め上くらいに光の玉が浮いていた。気遣いウーマンだったか。年の甲より亀の頭ってやつだな。
「遅い」
「お前が速いんだ。そのドアは?」
「ナイフの持ち主はこの先。中から声が聞こえる。でも、どんなことがあっても冷静でいられるように努めてちょうだい」
「冷静でってどういう――」
それは近付いていく過程ですぐにわかった。くぐもった女の喘ぎ声と、汚らしい男の笑い声だった。
頭痛がやってきた。思い出していく。俺はこの状況を一度経験していた。そしてまた同じことをやろうとしている。
「悪いなヴァル」
「ちょっとエイジ!」
ドアを思い切り開け放った。
動物臭さ、すえた匂い、吐き気を催すような熱気。その中で、六人の男がこちらを見ていた。シャツだけを着た男たちが、全裸の女たちに覆いかぶさっていた。裸の女はそのへんにもいる。寝ていたり、座っていたり。でも生きているかどうかの判断がつかなかった。皆、うつろな目をしていたからだ。その全てが、俺の頭を真っ白にしていった。
左胸に手を当てる。意識を集中させれば、トリガーは簡単に引かれるのだ。
「なんだお前ら!」
そう言いながら、正面の男が立ち上がった。
「嗚呼」
思い出したくなかったなと、そう思いながら正面の男に向かって跳躍した。
男は危険を感じたのか、両腕を上げて防御の体勢を取る。だが俺にはそんなもの関係ない。飛び込んだ勢いを殺さず、腕の上から蹴りを一発くれてやった。
まるで人形だな、と思った。たった一回蹴っただけなのに、男は壁まで吹き飛んだ。土がむき出しの壁にぶち当たり、白目になって落ちてきた。
「てめえやりやがったな!」
男たちが構える。でも、やはり関係なかった。
片っ端から殴りつけて、壁に押し込んでやる。それだけでよかった。
「動くな! この女がどうなってもいいのか!」
一人の男が、女の首にナイフの刃を当てていた。女はまだ意識があるのか、恐怖に顔を歪めていた。
涙が頬を伝い、顎に達して地面に落ちた。
「残念だなあ」
そう言ったのはエレノアだった。いつの間にかナイフを持った男の背後に回っていた。
だが彼女は剣を抜かなかった。腕を捻り上げ、コメカミを殴りつけた。男がのたうち回っていたが、腕をひねられたときに脱臼でもしたんだろう。
男たちを全員倒したことを確認すると、途端に力が抜けていった。この能力の特性も少しわかった気がする。タイムリミットというか、気が抜けると能力が解けるんだ。
「おい!」
振り向くと、ヴァルが眉間にシワを寄せていた。
「悪かったって思ってるよ。でも、我慢できなかった」
「話は後で聞く。今はこの子たちをどうにかしないとね。ちょっと待ってて」
ヴァルは胸の谷間からなにかを取り出す。ガラケー、みたいだ。
「なんだよそれ」
「魔法通信機。ちょっとの間でいいから黙っててね。あ、トアちゃん? バルサとハバトの間の森にさ――」
この世界にも携帯電話みたいなものがあるんだな。魔法のせいで文明の進化具合がよくわからない。
下を向くと、汗がぽたぽたと落ちていった。こんなにも汗をかいていたのだと、そのとき初めて気がついた。
「戦えるじゃない。嘘だったの? 私に傭兵を頼んだのは、やっぱりただの同情だった?」
エレノアが怪訝そうな顔でこちらを見ていた。見るからに不機嫌そうだった。
「正確には俺の力じゃない。ヴァルの力を借りたんだ。そうしなきゃ、俺は戦えない」
「逆を言えば借りれば戦えるんでしょ? じゃあ私はいらないと思うけど」
「どっちにせよもう奴隷になった。奴隷化を解くまで、俺と一緒にいてもらうぞ」
「別にいいよ。今よりいい暮らしができるってだけで儲けもの。とりあえず、そのへんにあるロープでコイツらを縛り上げる。手伝って」
「わかった」
渡されたロープは冷たくて、握りしめるとザラザラしていた。
下半身裸の男をロープで縛るのはまったく楽しくなかった。でも、全裸の女性に毛布をかけるのは、もっと楽しくなかった。