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10

 部屋に戻ると全員起きていた。


「なんで全員起きてんだよ、びっくりさせんな」

「びっくりしたのはこっちなんだけど……」


 ノアがそう言いながら首をさすった。さすった場所には刻印がある。


「もしかして俺が刻印使ったせいか」

「そうみたい。それ使われるとピリッとするから寝てる時はやめてほしいんだけど」

「ああすまん、これからは気をつける」

「で、それはなんなの? 攫った?」


 横槍を入れてきたのはヴァルだった。


「失礼だな。っていうかそんなことはどうだっていいんだよ」


 俺が寝ていたベッドに女を寝かせるとヴァルたちが覗き込んできた。


「酷い出血ね。アンタがやったの?」

「やってねーわ」


 服を捲ると腹が血に染まっていた。その中に銃槍のようなものが見える。


「いつ銃なんて扱えるように……?」

「だから俺じゃないんだって」


 コイツはどうしても俺のせいにしたいらしい。


「お姉ちゃん苦しそうだよ?」


 キャロルが女の汗をタオルで拭いた。いつ撃たれたのかはわからないが、俺を追ってくる前に撃たれたんだとしたらかなりまずい。


「ヴァル、治療」

「治療とかあんまり得意じゃないんだけど」


 そう言いながらもちゃんと治癒魔法をかけ始める。


「偉いぞ」


 頭を撫でる。


「ペットじゃねーから」


 しかし両手で治癒魔法を使っているせいか俺の手を払いのけようとはしなかった。いやできないだけか。


「これ、ダメかも」


 治癒魔法をかけながらヴァルが言った。ヴァルの額にも汗が滲んでいる。思った以上に全力で傷を塞ごうとしてるんだろう。


「なにがダメなんだ?」

「魔法の効きが悪い。私に撃ち込まれたやつと同じかも」

「自分で使う魔力も抑えて、なおかつ魔法からの干渉も弱くするのか。なんて面倒な毒だよ」

「徐々によくなってるとは言っても私もまだ影響を受けてる。治癒魔法が苦手かつ魔力が低下してると、この薬を打ち消しての治療は難しい」


 と言ったあとで息を飲んだ。


「っていうかできない、かな」

「珍しく自信がないな」

「事実を述べたまでよ。心拍数も低下してきてる。お腹に穴開けたままどれだけ動き回ったんだか……」

「なんとかならんか」

「今は心拍数を維持するので手一杯ね。でもまず傷を治さないと数分と保たない」

「んなこと言ったってなあ……」


 アデロア族が作った毒らしいってことしかわからないし、そもそも解毒の方法もわからない。ヴァルの魔法も効かないとなると、医者に連れて行ったところで意味はなさそうだ。


「強大な魔力があれば薬の効果も消し飛ばせるだろうし、そもそも治癒魔法が得意な魔女ならなんとなるだろうけど……」

「両方無理だろ。他になんか手はないのか」

「内側から打ち消す、とか?」

「意味がわからん」

「アデロア族の毒は魔法を弱くする力がある。だからこの子自体は魔法を使えないし、外からの魔法も基本的に受け付けない。でも魔力を注入してこの子の魔力と同化できればなんとかなるかも」

「でもお前はなんとかならなかったろ」

「それは私自身が毒に侵されてたからよ。もしもアンタやノアがやられてたらなんとかなったと思う」

「じゃあそれをコイツにすりゃいいだろ」


 俺が女を指差すと、ヴァルは盛大なため息をついた。


「アンタやノアがやられてたらなんとかなったの。一般人がやられてたらどうしようもない」

「どんな違いがあるんだよ」

「主従の契約。あれで私とアンタとノア、それからキャロルの魔力は繋がりがあるから、私以外の誰かが毒に侵されてれば私が魔力を注入して中からバーンで終わりよ」


 そう言ったあとで、ヴァルは何事もなかったかのように治療に戻った。


「今、なにかに気がついたな」

「気がついたけど、どうなのかなと思って」

「こうなりゃやるしかないだろ」

「そうなるか……」


 俺たちが主従の関係でつながってるのだとすれば、この女を奴隷にすれば助かるということになる。


「よし、やるぞー」

「思った以上にやる気じゃん」

「ちょっと黙ってくれる?」


 女の顔を少し上に向かせて、俺は若干ためらいながらも口づけをした。ためらった理由はいくつかあるが、たぶん一番大きな理由は予想以上にこの女が美人だったからだろう。ノアとキスした時は暗かったしキャロルとキスしたときは事故だった。こうやって改めて自分から顔を近づけるという行為がここまで緊張するとは思わなかった。あと意識がない女の人にキスするっていう背徳感もとてもドキドキする。


「あっつ」


 キスした瞬間、左足の甲に熱さを感じた。女もまた顔を歪めていた。


「信じられない……」


 ヴァルがいつの間にか治療の手を止めていた。


「おい、仕事しろ」

「いやいや、する必要がないんだって」


 傷口を見るとみるみるうちにふさがっていく。


「もしかしてこの契約ってやつはとんでもない力を秘めているのでは……」

「さすが私も魔法、一瞬にして面倒くさそうな毒も消し去ってしまうのね」

「本体はポンコツなのにな」

「うるさい」


 これでまた一つとてつもない能力を身に着けてしまったような気がする。死に瀕した人間であっても奴隷にする代わりに蘇生させられるってことだ。

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