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 目を覚ますと馬車は止まっていた。相変わらずヴァルのヒザの上だったが、ヴァルの顔も険しいものだった。


「どうしたんだよ一体」


 起き上がってみるが、ヴァルだけじゃなくノアも険しい表情をしていた。


「狙撃よ」

「狙撃……? もしかしてお前を撃ったやつか?」

「それはわからないけど馬がやられた。全部ね」

「三頭ともってことか? そりゃ、馬車も止まるわな」

「なに悠長なこと言ってるの。どこから狙撃されたかもわからないのよ? 迂闊に動くこともできなくて大変なのよこっちは」

「あー、なるほどそれでか」


 馬車の端っこでは馬車の乗り手が小さくなって震えていた。命があっただけでもよかったかもしれない。


「でも馬車自体には被害はないんだよな? それもおかしな話じゃねーか。なんのために馬を殺したんだ?」

「だからそれを私に訊くなってば。それに今は私が魔法で障壁を展開してるからなんとかなってるの。魔女を舐めないで欲しいわね」


 ヴァルは小さく深呼吸してから馬車の中を見渡した。


「でも、おかしなことに馬車に対しての攻撃は一切なかったのよね。障壁を張ってからも攻撃はないし。でも周囲に人の気配はある。本当になにがしたいのかわからないわ」

「馬は殺されたけど馬車は無事。となると目的は一つなんじゃないか?」

「足止め、かな」

「そう考えるのが一番だとは思うんだが、どうにも解せねーなあ」


 乗客に用事があるならすぐにでも奇襲してくるはずだ。しかし足止めが目的であったとしても、そもそもなぜ足止めをしなければならないのかがわからない。馬車の中には見るからに一般客しかいないし、そんな馬車を足止めしやりたいことと言われても見当がつかないのだ。


「少しずつだけど人の気配がなくなってくわね」

「逃げてくってことか?」

「捜索範囲内から人の気配が次々と消えていくのよ。とんでもない速度で捜索範囲から離れてるのか。もしくは本当に反応が消えてるのか」

「殺されてる?」

「そうなるとなおさら意味がわからない。馬車を襲っておいて自殺ってこともないだろうし」

「この馬車を狙ってるやつらが二組いて獲物を取り合ってるとか。あとは仲違いとかか」

「考えられるのはそのへんだけど、そもそもそこまでして狙う価値があるのかっていう話じゃない?」

「でも狙撃したやつが殺されてるなら納得はできるだろ? 狙撃したやつが、他にこの馬車を狙ってたやつに殺された。まあまあ筋は通る」

「筋は、通るんだけどねえ……」


 とは言いながらも唇を曲げていた。見るからに納得してないな、こいつ。


「とにかくこのままじゃどうにもならんだろ」

「じゃあどうするの?」

「そりゃ出るよ」

「出るの?! 狙われたらどうするのよ!」

「お前が守ってくれるだろ。なんか最近調子良さそうだし」

「そういえば確かに」

「魔法が弱体化したというあの設定はなんだったのか」

「設定とか言うんじゃない」

「とにかく俺は出るぞ。なにかあったら守ってくれ」

「どうしてあんたはそんなに楽観的なの……」

「楽観的ってわけじゃない。待つことが必要なことも知ってるが、結局前に進まなきゃなにも変わらないことも知ってるからな」


 ズキッと、少しだけ頭が痛んだ。きっと、俺は現実の世界で嫌というほど思い知ったんだろうな。


 一応武器を持って馬車を飛び出した。


「いきなり飛び出すんじゃない!」


 なんて声が聞こえてきたがもう遅い。こうやって地面に着地してしまったのだから、狙ってるやつがいるとすればいい的だ。


 しかし攻撃される様子はない。


「もうちょっと出てみるか」


 少しずつ馬車から離れてみる。一歩、二歩、三歩。そうして十数歩歩いたところで後ろから声がかかった。


「エージ、大丈夫?」


 馬車から顔を出しているのはノアだった。眉根を寄せているそんな顔も可愛い。じゃない。


「危ないから隠れてろって。頭出してたら狙われるだろ」

「私よりもエージの方が的にはちょうどいいと思うけどね」

「言われんでもわかってはいるが俺はお前が心配なんだ」


 決まったな。これは決まった。


「私より強ければカッコよかったんだけどね」

「そういうことは言わぬが花だぞ」

「つい口が滑って」

「可愛いから許そう」


 どうしてもノアには甘くなってしまうのだが、たぶんノアに甘いんじゃなくてヴァルに厳しいんだと心の中で思ってしまった。

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