12
次の日、俺たちは起きてすぐにルナの家に向かった。まだ撃たれたところは痛むが、具合もよくなったし問題ない。
「で、結局アンタでも主従の契約は解けないと」
ルナは俺にした話をもう一度ヴァルたちにもした。それに対してヴァルは腑に落ちないといった感じで腕を組んでいた。
「そもそもよくまあ知識もなくこんな強力な魔法を作ったものだ」
「そりゃ天才だから」
「そういうのはいいんだよ」
ルナはペラペラと厚い本をめくりながら「やっぱり無理だな」と言った。
「主従の契約なんて、主と従者の縁を切ればいいだけじゃない。簡単でしょ?」
「それが簡単だったらやってる。お前がかけた呪いはそんな簡単なもんじゃないってことだ」
「はー、やっぱり天才だったかあ」
「本当の天才なら解呪の方法もちゃんと編み出してるだろ。本人ができないってことは、お前が天才なんじゃなく偶然できてしまった魔法でしかない」
「そういう言い方もできるわ」
「そういう言い方しかできん。だが方法がない、というわけでもない」
「できるんじゃない」
「しかしここではできない。お前が作った主従の呪いを解くにはそれ相応の魔力が必要だ。お前の魔力が高すぎて私じゃどうにもできないんだ」
「でも私がどうにかしようとしても無理だったけど」
「酒の勢いで魔法なんぞ作るからだ。正確な術式の組み換えができなければ意味がない」
「じゃあ魔力がたくさんあっても意味ないんじゃない?」
「術式など関係なくすべてをぶち壊すくらいの魔力があればいい。つまるところ、解呪というよりは破壊だな。解くのではなく壊す」
「私の魔力を持ってしても無理なのに?」
「それはお前の魔力だけでは無理だということだ。魔力が溜まる場所、魔力の力場に行く必要があるな」
「力場、ねえ」
「一応いろいろと調べてみたが、ラングラン古城あたりならかなり強い魔力が集まると思われる」
「ラングラン古城か……」
ヴァルは人差し指を顎に当てて目を閉じた。思考を巡らせているだということはわかるのだが、場所がわかっているならそこに行けばいいだけなんじゃないだろうか。
「言いたいことはわかる。あそこは私でも近づきたくない」
「魔力が高いのは納得できるけど、逆に魔力濃度が高すぎて普通の人間なら息をすることさえできないわ」
「まあ、それくらいの魔力がないと破壊はできないということだ」
ルナがパタンと本を閉じた。
「あと魔力を消費すると熱が出るという件も調べておいたぞ」
「それはありがたいわね」
「古の狩猟民族、アデロア族に伝わる方法だろうな」
「アデロア族か、それなら納得かも」
「アデロア族に狩れぬ物なしとさえ言われているだけあって、魔女狩りですらこなす一族だ。魔女狩りのための毒とみていいだろうな」
「毒の種類は?」
「秘酒、と呼ばれるアルコールのようだ。様々なものを混合する関係でどんな毒を混ぜ合わせているかまではわからなかった。だが、魔力が低ければ低いほどその毒による効果は薄い。アデロア族は元々魔力が低い種族だから、高価な酒として振る舞われることもあったところからその名がついたとか」
「なんとかできない?」
「酒というだけあって一定時間で体から抜けるようにはなっている。その証拠に最初の頃よりは楽になってるんじゃないか?」
「確かに、最近は前よりも魔法を使えるようになってるわね」
「無理をしなければそのうちよくなる。ただな、なぜアデロア族に狙われるようになったかがわからなければ同じことの繰り返しだということだけは覚えておいた方がいいだろうな」
「理由なんてわかるわけないでしょ。いきなり現れていきなり撃たれて、散々な目にあったわよ」
「そのアデロア族の生き残りになにかしたんじゃないのか?」
「私を撃ったアデロア族に見覚えはないわ。一緒にいたメタモルスライムの方は知ってる」
「メタモルスライム……もしかしてアイヴィーか?」
「知ってるの?」
「知ってるもなにも、基本的に魔女と名のつく女は皆アイヴィーと一度は接触している。私は軽く切り傷をつけられた程度だが、魔女の中にはアイヴィーに食われた者もいる」
「魔女ならなんでもいいんかい……」
「正確には「魔力が高い魔女」だな。魔女を食って魔力を取り込むことで際限なく強くなる。アイツにこれ以上長生きされると取り返しがつかないことになるかもしれないな」
「まさかアイヴィーがそこまでのクズ女だったとは知らなかったわ……」
「知ろうとしなかっただけだろ。魔女同士の交流も、お前は今までしてこなかったしな」
「アンタとは知り合いだけど?」
「都合が悪くなると頼ってくるだけの商売仲でしかない。まあ、お前にはお前の事情もあるだろうから口はださんがな」
「一応何人かの魔女とは交流してるわよ? 面倒だからそれよりもコミュニティを広げる気がないだけで」
「それならそれで構わんよ。とにかく、私ができることはすべてやった。あとはお前たちでなんとかするしかない」
「恩に着るわ。それじゃあね。またお茶でも飲みに来るわ」
「その時は雑草でも煮込んでおいてやるよ」
二人は笑い合って、それからヴァルが出口へと向かった。なんだかんだでこの二人は仲がいいんだろう。




