9 ヴァレリア
外に出るとエレノアが手を耳に当てていた。耳を澄ましているのか、出てきたヴァレリアに向かって唇に人差し指を当てた。
数十秒の後、エレノアが耳から手を離した。
「なにかあったの?」
「女の子の叫び声がしたような気がする」
「叫び声?」
「あっちの方からなんだけど」
エレノアが北の方を指差した。
「ただの事故とか喧嘩とかそんなところでしょ。首を突っ込むまでもないわよ」
「あれは驚きというよりは恐怖の悲鳴だと思うんだけど――」
ふと、エレノアが酒屋の反対側にある掲示板を見た。歩み寄り目を通す。
「ねえ、これ見てよ」
壁には張り紙がしてあった。張り紙は真新しくキレイに並べられている。
「失踪……?」
エレノアは顎に指を当ててそう言った。
「合計で四人、この町からいなくなってるみたいね」
「エルート二人、ビースト一人、デミート一人、しかもみな十代前半の少女。確かにこの町はいろんな種族が住んでるみたいだけど、ヒュートの少女もそれなりに多いはず。ヒュートはこの世界で一番多い人種のはずなのに」
「つまりヒュート以外の人種を狙ってると」
「十代の少女、ヒュート以外の人種、となれば必然的に答えは見えてくるわね」
ヴァレリアがエレノアの顔色を窺う。眉間にシワを寄せ、心底軽蔑しているような、不機嫌そうな顔をしていた。
「人身売買、奴隷の獲得、商品としての誘拐か」
「あんまり言いたくはないけど誘拐はどの町でも起こってる。警察が動いた頃にはすでに遅く逃げられることの方が多いわ」
「でもこれ、一人目が攫われたのが一週間前、最後の子が二日前のこと。犯人はまだ近くにいるかもしれない」
「と言ってもねえ、私たちは警察じゃないし……」
ここでようやく町の住民たちの視線の意味がわかった。ここの町の人々は外の人間を疑っているのだ。少女たちを誘拐したのはお前たちなんじゃないか、と。
この町にはルナに会うためにここに来た。だからルナにさえ会えればなんでもいい。目的さえ果たせればこの町には用事はないのだ。
「さっきの悲鳴は少女が攫われた時の悲鳴かもしれない。ちょっとくぐもってたし、口を塞がれてたのかも」
そう言ってエレノアが駆け出してしまった。キャロルがそれを追い、またそれをヴァレリアが追う形になった。
「なんで私がこんなこと……」
『贖罪するつもりは?』
そんなエレノアの言葉を思い出す。
「贖罪なんてしたってなにも変わらないわよ」
それは自分の罪の意識を払拭するための儀式でしかない。他人がどうこうという問題ではないのだ。ただただ「赦されたい」という気持ちから「償う」という方法をとっているだけにすぎない。
少なくともヴァレリアはそう考えていた。だからこそ贖罪をするつもりはなかった。そんな言葉には頼らない。罪の意識を取り払いたくば、他人から赦されるしかないのだ。
少しだけ魔法を使い、なんとかエレノアに追いつくことができた。息を整えて彼女の横に立つ。
「ここ?」
「たぶんここだと思うんだけど……」
酒屋のようではあるが閉店してしまっていた。
「閉店してるけど人の気配がある」
「じゃあ突っ込んでこう」
「待ってよヴァル。ここで強行突破はダメ」
「なんでよ。ここで捕まえなきゃ犠牲者が増えるだけでしょ?」
「この町で何人も誘拐してるってことは他の町でも間違いなく誘拐してるはず。となれば多くの女の子を連れていかなきゃいけない。ここでの五人を助けられても、他の女の子たちを救えなきゃ意味がない」
「じゃあどうするのよ」
「ちょっと様子見てくるからそのへんで待ってて」
それだけを残し、エレノアはまた走ってどこかに消えてしまった。
「ノア、忙しいね」
「そうね、あの子妙に正義感強いし真面目だから。そこのベンチに座りましょうか」
店主が作ったのか、酒屋の前にあったベンチにキャロルと二人で座った。
「キャロルはさ、なにかやりたいこととかある?」
「やりたいこと?」
「小さくなったらやりたかったこととかない?」
「やりたいこと……」
キャロルは腕を組み、うんうんと唸ってから大きく手を広げた。
「いっぱい食べたい!」
「食べたい?」
「私身体大きかったから、お腹いっぱい食事をしたことがないの。あと可愛い服も着たい。同じ服しか持ってなかったから。あとは……」
最後にもじもじしながら小さな声で言った。
「抱き上げて欲しい」
キャロルは嬉しそうに、恥ずかしそうに言う。けれどヴァレリアは笑うことができないでいる。彼女はまだ十代の少女なのだ。きっと貧しかったというわけでもないはずだ。けれど、彼女は身体が大きすぎた故に満足に食事をとれず、服も選ぶことができなかった。ギガントという種族のせいだけではない。彼女が生まれつき大きく育つ特性を持っていただけのことだ。
「これからはそんな心配しなくていいからね」
「うん! いつもいっぱい食べてる!」
「そうそう、それでいいのよ」
ヴァレリアはキャロルの頭を撫でた。
キャロルはきっと、食事をたらふく食べられなくても文句を言わなかったのではないか。憶測でしかないが、そんな気がしていた。彼女と共に旅をはじめてから、キャロルは一度もわがままを言ったことがなかったのだ。
きっとそういう生き方が正しいのだと、彼女は無意識に理解してしまったのだろう。
キャロルの頭を撫でていると、ストンと、上空からエレノアが降ってきた。
「どこから現れるのよアナタは……」
「ちょっと森の方までね。で、一応女の子たちは見つけた。馬車の中に押し込まれてるみたいだった」
「なら早めに行きましょうよ」
「でも掲示板に貼られてた女の子たちはいなかったのよ。たぶん二つとか三つとか、馬車をいくつかに分けてるんだと思う」
「他の馬車はなかった、と」
「馬車を一つ見つけられても他の馬車が逃げられるように、馬車と馬車の間隔を離してるんだと思う」
「んじゃ、やることは決まったわね。森の中で複数の馬車を見つけること」
「ここの森全部を探すか。骨が折れるわね」
「それマジで言ってる?」
「やるなら全部やらなきゃ」
「そういうキラキラした目で見ないで!」
断ることなんかできなかった。
三人は一度町から出ると森の中へと入っていった。
面倒な気持ちはある。仕方ないなと口に出そうかとも思った。が、なんだかそれは気が咎めた。
人助けとは、助けられる人のためではあるが、それ以上に自分のためになる可能性があることを知っているからだった。




