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ヴァルの気配が感知できたということは紋章の力が使えるということだ。ヴァルの紋章を発動させれば野盗など屁でもない。
ルナも参戦して、気がつけば野盗を全部やっつけていた。
魔法使いだからとちょっとだけ馬鹿にしていたが、このルナという女なかなかに武闘派である。多少魔法を使っているとは言っても身のこなしが様になっていたのだ。普段からこういうことをしていないとここまで戦えないのではなかろうか。
「お前、特殊な力を使うみたいだな」
「さっき説明したろ。ヴァルの魔法でヴァルを奴隷にしたときにそういう能力を身に着けたの」
「なるほどな。まあいい、ほれ、感動のご対面だぞ」
「そう言われると気恥ずかしいのだが」
荷馬車の布を持ち上げた。
そこには若い女が十数人と乗せられていた。ヒュート、ビースト、エルート、イビートと人種は様々だ。皆茶色い布切れ一枚でなんというか目のやり場に困る。
そうじゃない。
「アイツらがいないんだが」
そう、どこを見ても若い女しかいないのだ。見たところ十代のみ。ということは間違いなく「ヴァルは眼中になかった」ということである。
「そりゃヴァルは攫わないよなあ」
アイツに聞かれたらどやされそうだ。
「しかし人身売買を未然に防げたんだ、これはこれで良かったと思うしかあるまい」
「そうなると本当にアイツらはどこに行ったんだ」
馬車を出ようとしたところで、少女の中のひとりに服を引っ張られた。見たところ十二歳とか十三歳とかそんなところだろう。心配そうな目をしているが、俺が野盗ではないことはわかっているみたいだ。
「大丈夫だ。もう少し待っててくれな、すぐに町まで送ってやるから」
そっと頭を撫でると、少女は服を離してくれた。
馬車を出るとルナが両手を上げて立っていた。
「どうしたんだよそんなとこで――」
近づいてみてようやくわかった。ルナが両手を上げていた理由が。
「よしよし、二人だけだな」
スキンヘッド、強面、身長は高くガタイがいい。酒屋の主人を装っていた男だ。その後ろにも悪そうな顔をした男たちが並んでいた。つまりこの馬車は先発隊で、後発隊がコイツってことだ。もしかしたらこの森にはまだ仲間がいるかもしれない。
「お前、酒屋の主人か」
「最初に会ったときはそういう設定だったな。こうなっちまったら仕方ねえが、こっちも商売の邪魔されると困るんでな」
銃口がこちらへと向けられる。銃がこの世界にもちゃんと存在しているのが驚きだ。
「この子たち、どうするつもりだよ」
「聞くまでもねえだろ。持ち帰って売るんだよ。俺にはそこそこデカイ後ろ盾っていうのがあってな、その人たちが若い女を欲しがってるってわけだ」
「攫ってきたってことか」
「いやいや、そんな大層なもんじゃねえよ。そこにいたから連れてきただけだ。もしかしてそのへんに転がってたから持ってきたって言った方がいいか?」
男たちはゲハゲハと嫌な笑い声を上げる。大きな口を開けて、大声で、自分たちの行いをまるで悪いことと思っていない。
頭が痛くなってくる。いつもとは少しだけ違う。この胸糞悪くなるような笑い声を聞いていると、締め付けられるように頭が痛くなるんだ。
俺は知っている。こうやって悪事を悪事と思わない、自分の欲望がすべてと考えている男たちの笑い声を。その男たちが一生反省することなく、悪事をなかったことにしてまた悪事を働くことを。
「――っざけんなよ」
「あん? なんだって?」
「ふざけんなよっつってんだよ!」
拳を振り上げて飛びかかる。が、世の中はそんなに甘くない。
ドン、という衝撃と共に銃声が森に響き渡った。腹に広がっていく激痛。熱を伴うその痛みは、徐々に全身へと広がっていく。そこになにかが寄生して、触手を伸ばしているんじゃないかという錯覚さえあった。
「おい大丈夫か!」
ルナがすぐに駆けつけて俺の上半身を支えてくれた。
「馬鹿なガキだな。俺が銃を持ってるの見えなかったのか?」
またこの笑い声だ。
頭痛が止まない。
助けてくれ。
俺を――。
「ちょーっとまったー!」
その時だった。聞き慣れた女の声と、その女が似合いそうな爆発音がしたのは。
土煙で前が見えない。いやそれだけじゃないな。もう目蓋を開けていられない。眠いんだ。どうしようもなく、眠く、なってきた。
「おい! 寝るんじゃない!」
ルナの体温がやけに心地よく、その心地よさに身を任せることにした。
どうにでもなれ。きっともう、大丈夫だから。




