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目を覚ますと、窓から茜色が差していた。
身体を起こしてみるが問題はなさそうだ。熱も引き、吐き気も消えていた。寝汗をひどくかいていたが、悪い夢を見ていたということしか覚えていなかった。どんな夢を見て、なにを思ってのか。
考えても仕方がないと思いながら部屋の中を見渡した。しかし誰もいない。
「まだ帰ってないのか……?」
着いたのは昼前だったはず。
立ち上がり、とりあえずシャツを着替えた。テーブルなんかを見てみるが書き置きなども残っていない。
一応鎧をつけて、剣を持って部屋を出た。
カウンターのおばちゃんにヴァルたちのことを訊いてみたが、どうやら昼前に出ていったきり帰っていないとのことだった。
「アイツらどこほっつき歩いてんだ。こっちは病人なんだぞ」
もう病人ではないが、時系列的に考えればアイツらの中ではまだ病人のはずだ。表現としては間違っていないだろう。この場合必要なのは「観測者が俺ではなくヴァルたちである」という点である。
そんなことはどうでもいい。
部屋の鍵をおばちゃんに預けて宿を出た。
それから片っ端から店に入りヴァルたちのことを訊いていく。
「たしかパン屋を探してたな。店を出て左に行ったよ」
「薬が欲しいって言ってたね。店を出て左に行ったよ」
「ガンバンコウモリの素焼きが欲しいって言ってたかな。目の前の通路をまっすぐ行ったよ」
いろんな店をまわりながら、それを頼りに足取りを追っていく。ガンバンコウモリってなんだ。素焼きってことは俺に食わせるために探してたのか。滋養強壮とかそういう感じなんだろうけどそういうゲテモノ系はやめて欲しいんだが、それは見つけたら念を押しておこう。
そんなこんなで町のハズレまでやってきた。最後に酒屋に寄ったのだが、町のハズレに向かったという情報で終わってしまったのだ。
さて、ここで考えなきゃいけないことがある。
言われた店の他にも、屋台や露天なんかの商人にも行き先を訊いてみたのだが、行きの情報はあっても帰りの情報が一つもなかったのだ。つまり彼女たちは行ったきり帰ってきていない。他の道を通ったという可能性も充分考えられるが、町のハズレがゴールだったのならば、後ろを振り返って直進し続ければ宿に着くのだ。
アイツらはなにをしに町のハズレ、町の出入り口までやってきたのか。
もしくは、誰かが嘘を吐いているか。疑いたくはないが、誰かが嘘を吐いているのだとしたら最後の酒屋だろう。それよりも前の人物が嘘を吐いているのだとしたら、その後の人間すべてが嘘を吐いたことになる。
「一回戻るか」
町の方に振り返り、そのまま足を動かした。
最後に寄った酒屋まで戻って店の中を覗く。誰もいない。先程いたはずの店長は裏にでも行ったのだろうか。
店のドアを開けると「カランカラン」とドアの上の鐘が鳴った。それでも誰も出てこない。
「すいませーん」
俺の声が消えてから一秒、二秒、三秒。
一分ほど数え終わったあとで、酒屋の奥へと向かった。大きくもない店なので家と店が繋がっているタイプだ。
足音を殺し、奥ののれんを潜って家の方へ。一応警戒だけはしておいた方がいいだろう。店は開いていたし、鍵もかけずに出かけるとは考えにくい。
嫌な予感がするな。なんて思いながらも更に奥へと進んでいく。
リビングまでやってきて、その理由がよくわかった。
「そういう感じか……」
白目を向いた老人が倒れていた。しゃがみこんで胸に耳を当てて安堵の息を漏らす。まだ生きてる。
「おいじいさん。起きろ」
軽く何度か頬を叩いてみる。起きない。
少し力を込めて頬を叩く。起きない。
さすがに時間をかけていられないと腕を大きく振りかぶったところで、ようやく老人の目蓋が開いた。
「ちっ」
思わず舌打ちが出てしまった。
「お前、誰じゃ?」
「俺は映司だ。何度呼んでも返事がないから、おかしいと思って中を見に来た。なにがあったか教えてくれ」
「おお、それはありがたい。男たちが二人でやってきてな、ワシの頭を殴ったんじゃ」
つまりあの店長は偽物ってわけか。
「どういう男だった?」
「髪の毛はなく髭面で非常に屈強じゃったな」
「もう一人の男はどんな男だった?」
「顔も身体も細かったな。身長もそこまで高くない」
それは知らない男だ。見たことがあるヤツなら見ればわかるが、見たことがないヤツだと「お前が犯人だろ!」とぶちかますことができない。
「なんで襲われたかわかるか?」
「金、じゃないかとは思うが……」
「つまりただの強盗だと」
「それ以外なにかあるか?」
このじいさん自身には襲われる理由がない、ということでいいんだろう。
しかしそうなるとヴァルたちはいったいどこに行ってしまったのか。
「どうしたんじゃ? 真剣な顔をして」
「いや、俺の連れが消えたんだ。アンタが言ってたニセ店長に町のハズレに行ったって言われたんだがそこにもいなくてな」
「連れ、とは女の子三人かのう」
「知ってるのか?」
思わぬ収穫だ。まさかこんな形で真実を突き止められることになるとは。
「あの子たちなら町の西の方に向かったぞ。ルナ様の家を教えて欲しいって言われたんでな」
「じゃあ西に向かえばルナにも会えるのか」
「ルナ様の屋敷は大きいでな、行けばわかると思うぞ」
「なるほどな。介抱してやりたいところだが俺も気になることがあるんだ。すまないな」
「いやいや、問題ない。早く行っておやり」
「ああ、ありがとう。ちゃんと医者行けよ」
じいさんは笑顔で送り出してくれた。思い切り頭を殴られたのであれば、時間が経ってからどうなるかわからない。この世界の医療技術はわからないが、魔法とかいうぶっとんだ技術があれば問題ないだろう。
とにかく、言われた通り西の方へと向かうことにした。




