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暗い空間の中で、俺は一人で立っていた。ここが夢の中であることはすぐにわかった。だがこんな暗闇ばかりの夢など縁起がよくないような気がする。
起きようと頬を叩いたり太ももをつねったりしてみるが効果はない。
「夢の中って本当に痛くないんだな」
なんて独り言ちって、俺はなんとなく歩くことにした。
特に理由なんてない。起きることができず、これといってストーリー性があるというわけでもない。ならばできることをして時間を潰すしかないのだ。
足は裸足だったが感覚がないので不思議な感じがする。まるで自分の身体じゃないみたいだ。
どれくらい歩いたかわからない。たぶんまだ五分とか十分とかそれくらいだと思う。遠くで白くて淡い光が灯った。そこからまた五分ほど歩き続けて光に近づいた。感覚もなく辺りが真っ暗なので距離感が全然わからない。光が大きくなっているようにも見えないし、そもそも本当に歩けているのかもわからなくなってくる。たしか宇宙とかで放り出されると、そういう感覚が麻痺するとか聞いたことがあったな。
そのうちに白い光が縦に伸びて人の形になっていく。セーターにスキニージーンズという出で立ちの一人の女性だった。見覚えがある。いや、忘れてはいけないのだ。
「姉さん……」
僅かに歩幅が大きくなる。
姉さんの横にもう一つの光が灯る。それもまた縦に伸び、今度は制服を着た姿になった。妹だった。
「■■……!」
強烈な頭痛がやってきて、俺は頭を抱えてしゃがみこんだ。
覚えている。覚えているんだ。あれは俺の妹だ。喧嘩もたくさんしたし、一週間二週間口をきかなくなったことだって一度や二度じゃない。それでも仲良くやってきた。仲直りするために好きなおかずをあげたり、お菓子を買ったり、漫画を買ってやったり、勉強を教えてやったり、いろんなことをしてきたんだ。
「■■……」
名前を呼ぶ度に頭が割れるほどの頭痛が襲ってくる。
「なんでなんだよ! なんで……!」
姉の名前を思い出そうとしても頭痛がする。母さんの名前も、父さんの名前も、友人の名前も元恋人の名前も思い出せない。
確かに俺は死んだ。それは覚えている。白い絨毯の上で天を仰いでいた。雪が降っている。息苦しさと痛みで呼吸さえもままならない。それでもこのままでいい。これでよかったんだって最期に考えていた。
しかし、なぜ死んだのか、どうして死んだのかは思い出せないのだ。
痛い痛い。頭も身体も痛い。
どうして俺は死んだんだ。俺は、いつ死んだんだ。
まばゆい光が目の前までやってきた。顔を上げると、姉と妹が悲しそうに俺を見下ろしていた。
「なんでそんな顔するんだよ」
俺はなにをしたんだ。彼女たちに、両親になにをしたっていうんだ。
姉が俺に手を伸ばしてきた。
『アナタは悪くないのよ』
姉さんはそう言って俺の頭を撫でてくれた。
感触はない。俺を慰めてくれようとしているのに、俺はそれを受けられない。
妹がしゃがみこんで俺を抱きしめようとしてくれた。
『お兄ちゃんは、いつまでも私のお兄ちゃんだよ』
それでも俺は彼女に抱きしめてもらうことができないのだ。光は俺の身体をすり抜けて、妹の腕は俺の胸に埋まっていった。
感覚はない。姉にも妹にも触れることはできない。なのに、どんどんと心が傷ついていく。荒み、尖っていく。
姉と妹の姿を見られたことは嬉しい。声を聞けたこともだ。それなのに俺はどうしてこんなにも辛い思いをしなければいけないんだ。
俺に、いったいなにがあったんだ。




