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結局、俺の体調不良は回復しないまま船旅は終了した。
海港都市コンフィーズに船が着き、ノアとヴェルに支えられて船を降りた。両腕を女性に支えられているというのが情けないと思う反面、正直それ以上のことを考えられない自分がいた。
「エージ、大丈夫?」
キャロルが見上げてくる。
「ああ、大丈夫だ」
大丈夫じゃないけどそう言うしかない。
「ったくホントに情けないわね」
「薬が効かなかったんだから仕方ないだろ」
「結構強い薬だと思ったんだけどダメだったわね。まあいいわ、今日はそのへんの宿に泊まるわよ」
「悪いがルナの捜索は無理だぞ」
「わかってるわよそんなの。期待してないから」
「ハッキリ言われると傷つくんだけど」
「そのまま傷だらけになればいいのに」
「言い返す気力もない」
こんなことを言いながらもちゃんと身体を支えてくれるのだから文句を言うのは野暮というものだろう。
近くの宿にチェックインした。ノアに渡されたサンドイッチを三口ほど食べ、薬を水で流し込んだ。
「にがっ。なにこの薬。渡されるままに飲んじまったけど」
「解熱剤。自分じゃ気づいてないかもしれないけどちょっと熱あるよ。あとはおとなしくしてて」
俺がベッドに寝転ぶと、ノアが毛布をかけてくれた。
「私たちは街の散策に行ってくるけど、エージはこのまま寝ててね」
ポンポンと、ノアが毛布の上から腹を優しく叩いた。
「はー、結婚しよ」
「それはお断りだから」
ノアは「それじゃあ」と、ヴェルとキャロルを連れって出ていってしまった。ああいうところもいい。手を伸ばしても届かなそうなところがギュインギュインする。
大きく息を吐いた。額に手を当てると熱があるようだった。ただの船酔いだと思っていたが、単純に具合が悪かっただけなのかもしれない。
毛布を抱き込んで横を向いた。きっとヴェルとノアのことだから、具合いが悪い俺でも食べられえそうな物なんかを買ってきてくれることだろう。特にヴェルはああ見えても気が利く女だ。なんだかヒモになった気分でいい気はしないが、体調不良のときくらいは甘えてもいいだろう。
「いつも甘えているような気はするが忘れたということにしておくか」
ことあるごとに強烈な頭痛に襲われるものだから、毎度彼女たちには迷惑をかけてしまっている。感謝はしているし、申し訳なくも思っている。
頭痛の原因は記憶が戻っていることと関係がある。関係性は理解できているが、どうしてそれが起きるのかがわからない。しかしながら、命の危機に瀕した際にあの頭痛が来ると困る。頭痛のきっかけもなんだかんだ言って突然だし、今となっては持病のようなものだ。
このままいけば、俺は様々な記憶を取り戻すことになるんだろうか。取り戻したとき、俺はどうなってしまうんだろう。
思い出す記憶は家族との記憶ばっかりだ。友人や学校での記憶はほんの僅か。なぜ家族の記憶だけが思い出されるのか。どうして記憶を思い出す度にあんなにも胸が締め付けられるのか。息が苦しくなって、切なくて、悲しく、辛くなる。幸せだったはずの記憶を思い出しても辛いのは、なにか理由があるんじゃないだろうか。
そんなことを考えているうちに眠くなってきた。すぐには帰ってこないだろうし、このまま眠ってしまおう。
じょじょに薄れていく意識の中で、一人の少女の顔が思い出された。名前はなんだっけ。とても大切な人だったような気がする。
でも彼女の顔はぼやけていて、やがて来る鈍い頭痛も俺の睡眠を促した。辛いことを忘れたかったらこのまま眠れ。まさに、誰かにそう言われているようだった。




