12
睡眠時間もそこそこに、だるだるになった目蓋のまま宿を出た。早朝に予約したヴァルにはまた文句を言おう。
キャロルはノアの背中ですやすやと気持ちよさそうに眠っている。やっぱり幼女は可愛いな。
船に乗り込み、予約した客室に案内された。ベッドまでついているのは非常にありがたい。気持ち悪くなっても寝られるのはいいことだ。
「で、これからどれくらいかかるんだ」
「大体一日じゃない?」
「結構近いのか」
「船が早いからね。距離的には私の家からポータスくらいまではあるわよ」
「船最強かよ」
飛行機や自動車がないから必然的に船が速い乗り物になるんだろう。魔法があるのにどうしてこうなるのか。
「魔法、あんまり移動に使わない世界なんだな」
「いや、この船は魔法で動いてるけど?」
「初耳だが」
「船の最下部にはたくさんの魔法使いがいるのよ。そしてその魔法使いが頑張って船を動かしているの。そう、私たちはその船に乗っているのよ」
バッと腕を振り上げて天を仰いだヴァル。
「やめい」
すかさず横乳を叩く。
「ちょっと!」
「なんかこれ癖になるんだよ。叩き心地がすごくいい」
「クーパー靭帯が切れるでしょうが!」
「クーパー靭帯という単語がこの世界に存在してたのが驚きだわ。まあそうだな可哀想だから控えるようにする」
「そうしてちょうだい」
プリプリしながらヴァルが出入り口へと向かっていった。
「どこ行くんだ? そろそろ出発だろ」
「売店に買い物。買い忘れたものあるから」
「おうそうか。じゃあ俺に水頼むわ」
「すかさず小間使いか」
「どうせ行くんだからいいだろ」
「良くない。欲しいなら自分で行きなさい」
「えー、わざわざ二人で行かんでも」
「じゃあ我慢しなさい」
「わかったよ、行きゃいいだろ」
重い腰を上げてヴァルの後ろについていった。まだ眠っているキャロルはノアにまかせておけば大丈夫だ。
「少し話しておきたいことがあるんだけど」
客室を出てすぐにヴァルが言った。
「二人に聞かれるとまずいことなのか?」
「まずくはないけど、あんまり聞かれたくはないわね。というか確証があるような話じゃないから、話すならアンタだけにしようと思って」
そこそこ信用されてるってことでいいんだろうな。
「で、どんな話だ」
「キャロルを捕まえようとしてた連中のことよ」
「そういや置いてきちまったんだっけか。もしかしてアイツらの素性に見当がついてるのか?」
「さっきも言ったけど確証はない。それに完全に絞りきれたわけでもない。それでもチャーチル商会かブランドン商会のどちらかでしょうね」
「そういう会社なんていくらでもあるだろ? なんでその二つなんだ?」
「あの場所に現れたというのが大きい。チャーチルはポータスで一番の商社だし、ブランドンはポータスから少し離れた都市で一番大きな商社よ。地理的なことを考えればチャーチルである可能性が高い」
「でもそれがわかったからってなにかができるわけじゃないだろ?」
「こちらが手を出す必要なんてない。逆よ、逆。あっちがこっちに仕掛けてくる可能性があるってこと」
「ああ、なるほど」
「それにキャロルの石化が解除されてから一日と経たずに連中が現れた。あの瞬発力は普通じゃない。キャロルの石化解除を見ていた人間がどちらかの商会に連絡をとった。それを考えるとチャーチルだと遅すぎるのよね……」
「そんなの考えたって始まらんだろ。やられたらやり返すくらいで――」
ズキッと、頭が痛む。
「また頭痛?」
「みたいだ。でも大丈夫っぽい。さっさと買い物終わらせて戻るぞ」
ズキンズキンと、コメカミのあたりが痛んだ。
「無理、しないでよね」
「なんだ、心配してくれてんのか」
「召喚したの私だからね。一応心配くらいした方がいいじゃない?」
「非常に事務的な回答で安心した」
「私が本気で心配するはずないじゃない、勘違いしないでほしいわね」
「はいはい、それでいいよ」
こんなことを言っているが、ヴァレリアという女は自分の本心を隠すタイプの人間だ。たぶんだが俺のこともちゃんと心配してくれてる。俺も多少はヴァルのことを考えて行動しなきゃな。
売店に客はおらず、買い物は数分で終わった。部屋に帰る最中に船が動き出す。が、若干揺れた程度で歩くのも問題ない。
部屋に戻るとキャロルとノアがお喋りをしているところだった。
「起きたのか。調子はどうだ」
「うん! 大丈夫!」
キャロルは元気いっぱいにそう言った。うんうん、幼女は元気いっぱいじゃないとな。
「まあこれからいろいろあるだろうけどよろしくな。俺は映司だ」
「私はヴァレリア。ヴァルって呼んでちょうだい」
「ヴァルのことは知ってる。前にお話したことあるから」
「アナタ、覚えてたの?」
「いろんなお話聞かせてもらったの。私が知ってる人、私のこと知ってる人。やっぱり嬉しいよ」
「そうね。お互い、長生きしちゃってるからね。これからは一緒よ」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
深く、キャロルが頭を下げた。俺が想像したよりもずっと礼儀正しくて驚いた。初対面の時は取り乱している部分もあったから当然か。
とりあえずうちのパーティにまた一人女の子が追加された。ヴァルやノアが俺との関係を説明し、キャロルはなんとか理解してくれたらしい。
その間俺がなにをしていたのか。言うまでもない。気持ち悪くなってベッドで寝ていた。
「はい、これ飲みなさい」
水のボトルと錠剤が差し出された。
「なに」
「酔止め」
「どこで」
「さっき、売店で」
「おま、これ」
「アンタのためじゃないって。早く薬飲んで寝てなさい」
好意はありがたく受け取っておこう。
こうして俺の船旅は最悪の形で始まった。と言っても一日だけだが、この最悪の状況が一刻も早く回復することを願うしかなかった。




