10
無理もない。十二歳の少女が、眠りから覚めたら世界が一変していたのだ。母に、父に、仲間に騙されて石像にさせられて、騙した人間ももういない。文句を言ってやることもできない。甘えることも、喧嘩をすることもできない。
「っつ……」
そんな予感はしていたが、強烈な頭痛がやってきた。
「大丈夫? また頭痛?」
ヴァルが身体を支えてくれるが、正直支えてくれなかったら倒れるところだった。
「大丈夫だ。それよりアイツらから目を離すな。こっちはなんとかする」
「いつもなんとかなってないでしょ。その頭痛はなんなの?」
「俺の記憶の中で印象深い場面があって、その場面に引っかかる出来事が起きると頭が痛くなる。んだと思う」
「キャロルの姿がアンタの記憶とダブったって?」
「ああ。今のキャロルは怒りだとか悲しさだとか、寂しさだとか憎しみだとか、そういう感情が全部入り乱れた状態なんだと思う。俺たちが山を離れたあと、一人になっていろいろ考えたんだと思う。楽しかったことなんかも思い出して、感情をどうやって扱ったらいいかわからない状態なんだ」
「でもそれって私たちじゃどうにもできないでしょ?」
「そうだよ。俺だってそうだった。失ってから初めて気づくんだ。なにが大事で、なにが必要なのかを。それに失ったあとに、失ったものに対してどういう感情を向ければいいのかがわからないんだ。だからなんだろうな」
「だからなによ? はっきり言ってちょうだい」
「たぶんノアも同じことを思ってるだろうが、俺もキャロルをなんとかしてやりたい」
「なんとかって言ってもねえ……」
「それに今言ったことはお前にも当てはまるだろ?」
「わ、私? なんで私なのよ。頭痛のせいで頭おかしくなったんじゃないの?」
「普通の人と違う時間を生きてるんだ。お前にもいろいろあっただろうなって思っただけだ。別に今話せってわけじゃない。昔話を話したくなったときにそうすればいい。でもな」
どうしてだろう。涙を流すキャロルの姿が、俺の姿や、ノアの姿、そしてヴァルの姿と重なったんだ。
「言った方が楽になることもあるだろ。心配すんな。同情なんてしてやらない」
「アンタって、こういうとき男の顔になるのよね」
ヴァルはため息をついて、それから頭を掻いた。
「話したくなったら話してあげるわよ。同情なんかしたらぶっ飛ばすけど」
「わかってる」
きっとコイツだって寂しかった時間があったに違いない。だからこそ、コイツがキャロルの心情を理解できないはずがないのだ。
「アタシは! これから! どうしたらいいの!」
あまり長引くと街から警察が来てしまうかもしれない。ノアが説得出来なかった場合、面倒事を避けるために逃げる道も考えなければいけない。
そのとき、左の方で茂みが揺れた。嫌な予感がするけれど、逆を言えば好機とも言える。俺の勘が間違っていなければ、なのだが。
「じゃあ、一緒に来る?」
ノアがそう言い、手を差し出した。
「私もね、友人なんていないのよ。元々いないの。両親とは何年も会ってない。両親が私のことを嫌っているからどうでもいいんだけど。アナタとそんなに変わらないわ。それにあそこにいる二人にも両親はいないし、友人もいない。私たち三人の友人は、私たちだけなの。私と、友達になってくれない?」
「お姉ちゃんと……?」
「そう。身体の方はこれから考える。幸い仲間には魔女がいるし、そのうちなんとかなるでしょう」
「それまでどうするの?」
「乗り物として誤魔化せない、かな?」
「アタシが乗り物?」
「小さくなるまでの間ね」
「一生小さくなれなかったら?」
「絶対なんとかするわ。約束する」
「ホントに?」
「今のヴァルはいろいろあって魔女としては頼りないけど、長く生きてる魔女なんだから知り合いは多いと思う。だから、ね?」
キャロルは右を見て、左を見て、地面を見て、ノアを見た。
「いいの?」
「ええ。友達に、なりましょう」
キャロルが右手を前に出す。ノアの手はキャロルの人差し指より小さいため、人差し指と手のひらが触るだけの握手とは言えないものになった。だが、一応解決したと言ってもいいだろう。
「身体を小さくする……そういえばあれがあるわ」
ヴァルが自分の胸の谷間に手を突っ込んだ。
「え? なにしてるの?」
「ちょっと思い当たるフシがあってね」
「急に自分の乳揉みはじめてびっくりしたぞ」
「揉んでないわよ! っと、これだ」
胸の谷間から取り出したるは手のひらサイズのコインのようなものだった。




