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 全部吐き終わったのか、ヴァルは両手をついてうなだれていた。


「大丈夫?」


 ノアが背中をさすり、ヴァルは静かに頭を上下させる。そしてゲロビームを直接受けたキャロルの石像。山には大きな横穴が空いた。


「阿鼻叫喚か……?」


 しかし山には大穴が空いているのに石像は無事なのが疑問である。


 そして、パキパキとキャロルの石像の頭からヒビが入りはじめていた。


「マジかよ」

「あー、すっきりした」

「スッキリしたどころじゃ済まねーぞ」


 こうしている間にもヒビは大きくなり、そのヒビが足元に到達するのにもそんなに時間はかからなかった。


「この山、私がやったの?」

「だからそれどころじゃないんだって。あーいや、山の方もかなりマズイんだけど石像にヒビが入った」

「壊しちゃったかな」

「観光名物破壊は俺他人のフリするぞ」

「私だけ犯罪者にするつもり?!」

「だって仕方ないだろ」

「言い合いはそのへんにして逃げないと。ほら、ヴァル立って」

「すまないねえお嬢ちゃん……」

「十分ババアじゃねーか」


 石像から離れたのと同時に、頭上からバラバラと瓦礫が降ってきた。俺たちは飛び込むようにして落下物を避ける。逃げるのが少しでも遅れてたら下敷きになってたな。


 モクモクと土煙が上がる中、立ち上がって後ろを振り向く。登山者が巻き込まれてないといいんだけど。主にゲロの方に。


「ねえエージ、あれ」


 ノアが上方を指差した。


「あん?」


 言われた方向に視線を向けた。


「マジかよ」


 およそ五分もしない間に同じセリフを吐いてしまった。


 そこには巨大な肌色の石像があった。いや石像ではない。


「キャロル本人ね」

「ゲロで復活したなんて知られたらだいぶショックだろうな」


 ノアの肘で俺の脇腹が抉られた。


「すまん」

「わかればいいいけど」


 キャロルの目蓋がゆっくりと持ち上がる。大きなクリクリとした瞳が現れた。唇が開き、言葉を紡ぐ。


「ここ、どこ?」


 声はそこそこ大きいが、予想以上に可愛らしいお声をしてらっしゃる。


 ノアが一歩前に出るが、それをヴァルが手で制した。


「ここはナモナキ山よ。覚えてる?」

「うん。近くの山」

「アナタは石像にさせられて、長い間ここに置かれていた。知ってるでしょう? ギガントの掟のこと」

「……うん、知ってる」

「じゃあ自分が石化させられてたって言われても信じられる?」


 どんどんとキャロルの顔が曇っていく。


「信じ、られる」

「それなら話は早いわ。アナタはおよそ三百年ほどの石像になっていた。だから、ここはもうアナタが知っている場所じゃないの」


 彼女は今にも泣きそうだった。まだ十代そこそこの少女だ。知らないうちに石化させられて、目覚めたら三百年経ってたなんて言われても受け入れられないだろう。


「じゃあ、パパとママは……?」

「残念だけどもういないわ。そもそも三百年前とは状況が違うから、ギガントは別の地方に移り住んでる。アンタの仲間も、もうここにはいないのよ」

「なんでアタシだけなの?」

「ギガントの特異種だから仕方がなかったのよ。当時は解決方法もなかったし」

「アタシ、一人なの?」

「そう、ね。でも私たちがギガントがいるところまで案内してあげるから心配しないで」

「おい待て待て、なに勝手に進めてんだよ」

「仕方ないでしょ! ちょっと黙ってて!」


 キャロルは目を伏せ、その場にしゃがみこんでしまった。


「ね、私たちと一緒に行きましょう?」


 体育座りをし、膝に顔を押し付けるキャロル。


「でも、アタシのことしってる人なんていないんでしょ?」

「そりゃそうだけどここよりはマシだと思うわよ?」

「ちょっと、考えさせて」


 それきり喋りかけても反応しなくなってしまった。可哀想ではあるのだが、俺たちもずっとここにいるわけにはいかない。明日の朝四時には船に乗らなければいけないのだ。そのためには買い出しをしたり、ちゃんと睡眠をとらなきゃいけないのだ。


「わかった。じゃあ夜また来るわ」


 キャロルは小さく頷いた。


 夜また訪れることを考えると頂上まで登っている時間はなかった。


 俺たちはキャロルの前から離れ、一旦宿に戻ることにした。


 早めに買い出しを済ませ、バッグを買い、買い込んだ物を詰め込んだ。幸い金はあるのでそこまで大量に買い込まなくても「必要になったら現地調達」ができる。言いたくはないがシャルのおかげではあった。

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