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晴天の中、宿を出て山に向かった。少しばかり勘違いをしていたのだが、キャロルの石像が祀られているのは「名も無き山」ではなく「ナモナキ山」らしい。紛らわしいわ。
馬車に揺られて山へと向かうが、馬車の中には思ったほど人がいなかった。
「観光地って言うくらいだからもっと観光客がいるかと思ったんだがなあ」
「アンタ、本気で言ってるわけ?」
「そりゃ本気だよ。大きな都市の観光地なわけだろ? それなら溢れんばかりの観光客を想像するだろ。まあそこまで観光客いたら行かないわけだけど」
「それはさすがにヴァルも怒ると思うんだけど……」
呆れるノア、わなわなと震えるヴァル。
「俺、なんか怒られるようなことしたっけ?」
ここでヴァルの怒りが爆発した。
「朝四時に叩き起こしておいて「怒られるようなことした?」じゃないのよ! 三十分で化粧して髪型整えてなんて簡単にできると思わないでよね!」
「早く起こされたことより違う部分にキレてる気がするのは気のせいか……?」
「どうでもいいのよそんなことは! 言ったでしょ! 女の朝は時間がかかるのよ!」
「女の朝というかババアの朝の間違いでは」
「女の子は誰でも時間がかかるの!」
「女の子じゃないのに!?」
「急にグイグイ来ないでよ!」
よし、朝五時前だけどいい感じにいつも通りに戻ったな。さっきまで顔面真っ青だったからな。
「でもちゃんと朝ごはんも食べたろ」
「食パン一枚ね」
「コーヒーも飲んだ」
「一気飲みね」
「着崩れもないし髪の毛も完璧、今日も化粧が厚い」
「褒めるか貶すかはっきりしなさい」
「昨日と変わらず美人だつってやってんだろクソが」
「褒めるかキレるかどっちかにして欲しいのよ私は!」
「でも楽しいんでしょ」
「ちょっとだけ……じゃないのよ!」
このヒステリックババアをどうやって処理すればいいかわからない。
「それにしても、エージがあんなに早く起きるとは思わなかった。てっきり私の方が早いと思ってたけど」
「ガキなのよコイツは。遠足前の子供みたい」
「確かにエージは子供っぽいところがあるわね。嫌いじゃないけど」
「聞いたかババア、これが包容力ってやつだよ」
「うるっさいわねクソガキ! 人よりちょっと長く生きてるだけじゃない!」
「五百年がちょっととか言うあたりがもう問題だと思うが」
「もう年をいじられるのは飽きたからいいのよ。そろそろ年齢から離れなさい」
「わかった、今度面白そうなの考えとく」
「いじらないという選択肢はないのね……」
「それがなくなったらエージじゃなくなっちゃうんじゃない?」
「俺を判別する材料そこなんだ」
「稀代の魔女を手のひらでコロコロ転がせるの、たぶんエージだけだと思うけど」
「それはかなりいいな。魔女よりすごそう」
「はいはい話はそこまで。もうナモナキ山に着くから。それと私はエイジなんかよりずっとすごいから。魔女最強だから」
「魔女最強の世界なのに一般人の俺が最強!?」
なんかの題名みたいになってしまった。
しかし軽くスルーされてしまったので、いたたまれない気持ちのまましばらく馬車に揺られることになった。
馬車から降りると、当然というかなんというか観光客はまばらだった。大体が大きめのリュックサックを背負った人たちだった。トレッキングだろうが、俺たちは普段どおりなので非常に温度差がある。
だが思った以上に山登りは苦ではなかった。坂も緩やかだし休憩所も多い。俺もノアも割とサクサク進んでいた。
問題はヴァルだった。
「ちょっと……待ち……なさいよ……」
「なんで普通に歩いてるだけでそんなに疲れてんだよ」
「ずっと坂道じゃない……」
「これくらいの山ならちょっと前に上っただろ」
「あの時は魔法を使ってたから楽だったの。今は極力使わないようにしてるから……」
「ただの運動不足じゃねーか。つーか基本的に魔法つかってサボってるからいけない。これは報いだと思うがいい」
俺はノアと共に先を急ぐことにした。
「なんで私が悪いみたいになってるのよ! 納得いかないー!」
「さ、行こうか」
「ヴァルには厳しいのね」
「魔法使ってズルするからいけない。魔法使えたら俺だってズルするのに」
「自分はいいのね」
「そりゃ自分のことは大切だからな」
なによりも、これから魔法をセーブし続けなきゃいけない。それならば体力や筋力を鍛えておいた方がいい。アイツらがまた襲ってくるかもしれないし、俺はヴァルを守ってやることができないんだから。
「なんて言いながら、実はヴァルのことを気づかってたりして」
「そそそそそそんなわけあるかい」
「そういうことにしとくわ」
ノアは薄く笑った。こういうところはどうしてこうも鋭いのか。女の勘ってやつで片付けていいのかわからない。




