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 都市の入り口にあった看板を見て港の場所を確認。港に近い方が楽だろうと、極力近い場所を選んで予約をとった。トリキア大森林という観光名所があるから宿泊客も多いかと考えたが、その分宿の軒数も多いみたいだ。山の上のギガント、キャロルの石像も観光名所としては有名らしい。けれどキャロルの石像の方は、山の麓にある湖でキャンプをする人の方が多いんだとか。ここまでがお喋りな宿屋の主人に聞いた内容だ。勝手に喋ってくれるの本当にありがたい。


 ノアと一緒に港に向かうと、港の方からヴァルが歩いてくるのが見えた。


「そっちは終わったのか?」


 話しかけると、がっくりとした様子でため息をついていた


「予約は取れたんだけどね、観光名所ってだけあって明日に出発できるってわけでもなさそうなのよ」

「じゃあ出発は?」

「二日後の朝四時」

「始発かよ。起きられるか心配だな……」

「ちゃんと起きなさいよ? アンタが起こしてくれないと困るんだから」

「待て待て、俺が最初に起きること前提なのおかしいだろ。俺主人、お前奴隷。俺、お前の、主人」

「対等な関係がいいんでしょ? じゃあいいじゃない」

「いやいやいやいや、完全に俺の方が下みたいな発言じゃん? 対等じゃないじゃん?」

「結局誰かが起きなきゃいけないんだからいいじゃない。男のくせにみみっちいこと言ってんじゃないわよ」

「はい男女差別ですー。そういうのいけないんですー」

「子供みたいなこと言ってんじゃないわよ。そんなんだから童貞なのよ」

「どどどどどどど童貞ちゃうわ!」

「あの」


 言い争いの中でノアが小さく手を上げた。


「はいなんでしょう」

「私寝起き悪くないし私が起こす。それでいい?」

「え、あ、任せていいの?」

「ビーストは朝強い。これ常識」

「いや知らねーけどな。ノアがそれでいいなら任せる」

「決まりね。じゃあさっさと宿にもどるわよ。こんなところで言い争ってもいいことないでしょ。いい年した二人が恥ずかしい」


 一番年下に言われてしまった。これからは少し自重しよう。


「つーことは明日一日は暇なんだよな?」

「まあ、そういうことになるわね。私は部屋にゴロゴロしてるつもりでいたけど」

「運動しろよ。太るぞ」

「私は二十五歳のまま肉体が定着してるからこれ以上太らないんですー。そんなことも知らないんですかー」

「なんで喧嘩腰なんだよ知らねーよ。とりあえず、明日時間あるなら山に登ろう」

「いきなりすぎない?」

「観光名所が近くにあるなら行かないのは損だろ。時間は有限なんだぞ。あとで「行っときゃよかったー」って後悔しても遅い――」


 それは急にやってきた。俺が記憶を取り戻すための突発的な頭痛。


 頭を抑えてうずくまると、ヴァルとノアが身体を支えてくれた。目を閉じると記憶がぐるぐると回っていた。顔がわからない両親と、姉と、妹と、俺。五人で楽しそうに遊園地で遊ぶ幼少期の光景。右から父さん、姉さん、俺、妹、母さんの順に並び手を繋いで楽しそうに歩いていた。まだ小さかったので絶叫マシンには乗れなかったが、それでも五人で出かけるのは楽しかった。


 バチンとそれが消えたかと思えば、次は五人で海に行った時の記憶が蘇る。姉さんが高校生、俺が中学生、妹が小学生の時だ。俺と姉さんがはしゃぐ妹と遊ぶ光景だっ。


 それが消えたかと思えば、姉さんが大学生、俺が高校三年、妹が高校一年の頃の記憶だった。五人で京都に行った時のもので、伏見稲荷大社の鳥居がたくさん並ぶ道を歩いていた。よく晴れた秋のある日。また来たいね、また来ようね。そんな約束をした記憶が、沸騰した湯のように底の方から溢れ出してきた。


 気がつくと、俺はベッドの上で寝ていた。おそらくヴァルとノアで運んでくれたのだろう。


 横になったまま頭を動かす。まだ頭は痛むが動けないというほどではない。


 頭を動かした視線の先には、椅子に座ってりんごの皮を剥くノアの姿があった。ナイフで器用に皮を剥く姿は非常に家庭的でよろしい。


「お前、そういうこともできるんだな」

「起きたの? 大丈夫?」


 ノアはこちらを見ようとせず、せっせと皮を剥き続けていた。。


「ああ、ちょっとした頭痛だ。今までにもあった」

「ちょっとした頭痛で気を失ったりはしないと思うけどね」

「今回は情報量が多かったみたいだからな。もしかするとこういうこともあるかもしれん」


 その時、ボスンと布団になにかが落ちてきた。落ちてきたそれは俺の腹部にクリーンヒットして俺を悶絶させた。


 上体を起こすと、ベッドで寝ているところからは見えない位置にヴァルが座っていた。窓際のベッドに腰掛けて本を読んでいるようだった。俺の腹部を直撃したそれは水が入った瓶だった。


「こんなあぶねーもん人に投げんなよ……」

「うるさいわね。さっさと飲みなさい。酷いくらい汗かいてたんだから」


 確かに汗でべたついて気持ちが悪い。ヴァルにとってみればっこれも気遣いなんだろうが、もうちょっと上手くできないものか。

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