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 宿を出てアポロの前を通った。不思議なことにクローズのままだった。いや違う、看板には「移転しました」と書かれていた。


「ここ、アンタが働いてた場所?」

「そうなんだが、急に閉店するとは思わなかった」


 というか俺が辞めた次の日に閉店、というのが気になった。


「前から決めてたんじゃない? 移転ってことはまたどこかでやってるんでしょ?」

「人気もあったみたいだし、もっと大きな場所に行ったのかもな」


 客入りはかなりのものだった。だからこそ他の場所に移動しようと思ったのかもしれない。確かにこの店では手狭だ。


 引っかかっていたのは事実だが、そういうこともあると納得することにした。あまり気にして勘ぐってもいいことはない。


 町を出る時に住民の話が耳に入ってきた。


「ここ美味しかったのにな」

「できて一ヶ月もたなかったな」

「どこかの都市にでも行ったのかもな」


 そんな会話を聞きながら俺たちは町を出た。


 平原を三十分ほど歩き、トリキア大森林の前にやってきた。


「なんか前もこんな状況なかった?」


 ヴァルが汗を拭いながらそういった。


 それもそのはず、今日は雲ひとつない晴天だ。しかもヴァルは最近まで引きこもりだった。元々運動不足なくせに最近は特にそれが酷かった。一人だけ汗だくなのも仕方ないだろう。


「森に縁があるパーティだからな。森を進むか山に登るかしか能がない。たぶんきっとだけどこれからもそうなるぞ」

「なんでそう思うの?」

「そんな気がするからだ。そのうち遺跡とかにも行くんじゃねーかな。たぶんだけど」

「なにそれ予知能力?」

「テンプレってやつだ」


 ヴァルもノアも首を傾げていたがそれも当然だろう。俺の世界の創作物のテンプレなんて知らないんだから。


「とりあえず行くか。なんか注意点あるか?」

「いや特に。トリキア大森林って観光名所でもあるから、普通に一般家庭も来る場所なのよ」

「じゃあ全然心配いらなそうだな」


 なんかこれすらもなんかのフラグなんじゃないかって気がしてくる。


「いかんいかん」


 頬を何度か叩いた。気にしすぎはダメだ。


 トリキア大森林は迷いの森とは違い明るい森だった。木々の密度は濃いが葉っぱ自体はかなり薄いみたいだ。天から注ぐ光も薄い緑色で、それがまた幻想的な風景を生んでいた。

「こりゃ観光名所にもなるわな」

「森の中央部分にには大きな噴水があるわ。人工的に作られたわけじゃない。自然が造った木と土、それに湧き水の噴水」

「それよさそうだなちょっと水浴びでもしてくか」

「水浴びは勘弁だけど見てくくらいならいいわよ」

「これだからババアは」

「なんか言った?」

「なんも言ってない」

「身体には自信あるのよ? こんな感じだし。でも濡れるといろいろ大変でしょ? 男の目もあるわけだし」

「チラチラこっちを見るんじゃない」

「でもどうしても? 私が濡れる姿が見たいっていうなら? 仕方ないっていうか?」

「結構です。先急ぎましょう」


 ノアの手を引いて早足で森の中を歩いていく。


「ちょ、なんでノアだけ?! なんで最後敬語なの?!」


 いつもどおりのヴァルだ。そこまで回復したことに関しては素直によかったと思う。でも戻ったら戻ったでウザいな、というのが率直な感想だった。


「ホントは嬉しいんじゃない?」

「んなわけあるか。うるさくてかなわん。ノアはあんなふうになっちゃダメだからな」

「あんな爆弾みたいな身体にはなれないと思うけど」

「身体的特徴の話じゃない。精神的な話だ。ああいう面倒な性格になっちゃダメだからな」

「なぜ上から目線なの……」


 どうやってもヴァルのようにはならないだろうな。


 よしよしと頭を撫でた。


「なんで頭を撫でたの……」

「撫でたくなったからさ」

「それなら私の頭も撫でなさいよねえ! ねえ!」

「なんで急に割り込んで来るかな……」


 頭を撫でろと言う割に乳を押し付けて来るのはなぜなのか。俺は胸の脂肪にはまったく興味がない。


 いや、ちょっとだけ興味あるわ。


 右手でノアの手を握り、左腕をヴァルに抱きかかえながら森の中を歩いた。ここにはモンスターがいないらしく、いるのは比較的無害な小動物くらいなものだ。


「噴水以外にはなんかないのか?」

「森の奥に滝がある。滝自体は小さいんだけど、半円形の滝が何個も連なってるわ。その名もトリキアの滝」

「まんまじゃねーか」

「ご当地の観光場所なんてそんなもんでしょ。トリキアの滝は恋人と見たい景色ランキングでも上位に位置するわ」

「そのランキングってどこに載ってるんだ?」

「新聞とか?」

「この世界観で結構チャラい新聞だな……」


 そうやっているうちに噴水が見えてきた。が、噴水の前にはファミリーやカップルがたくさんいるではないか。早朝の涼しい時間にやってきて観光するってわけか。結構な人数がいるのでちょっと行きづらいな。


「行かないの?」

「今はいいや。また今度来よう」

「もしかしてビビった?」

「ビビるってなにに対してだよ。ビビってねーよ。ビビってねーから」

「さすがにビビりすぎでしょ……でも今度っていつよ」

「呪いが解けたら、とか?」

「呪い、ちゃんと解く気あるんだ」

「そりゃそうだよ。奴隷だの主人だのってのはごめんだ」

「他人を好き勝手できるのに?」

「俺は他人とは対等でありたいんだよ。そっちのが気を使わなくていい」

「そんなもんかね」

「そんなもんよ」


 ヴァルは不思議そうな顔をしていたが、それはきっと「対等でありたい」という言葉に対してのものじゃないんだろう。ヴァルはバカに見えるが頭が悪いわけじゃない。なんか別の、俺が考えつかないようなことを不思議に思ってるんだろう。俺の考えが及ばないような、もっと難しいことを。


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