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バイトは昼からでいいと言われていたので午前中はゆっくりしていられる。給料は俺の都合で一週間ごとに支払ってもらうようにした。長くは働けないことも伝えておいたがそれでもいいと言われた。アルバイトでも数ヶ月働かなければ戦力にならないと思うが、それでも給料をちゃんと払ってくれるというのだからありがたい。
午前中は好き勝手に過ごし午後からアルバイトをする。そんな生活に追われながら、ノアも土木作業員として働いて日当を稼ぐようになった。ヴァルの体調も日に日に良くなった。
二週間くらいの滞在だが、食費を切り詰めたこともあってまあまあ金もある。そろそろこの町から出てもいい頃だろう。
「店長、ちょっと相談が」
帰るときに俺がそう切り出した。
店長はニコリと笑った。
「町を出るのかい?」
「ええ、まあ。連れの体力も回復したので当初の目的に戻ろうかなと思いまして」
「そうか、それは残念だな。キミはスジもいいし動きも機敏だ」
「褒めてもらえるのは嬉しいです」
「でも最初からそういう話だったからね」
と、店の奥の方から奥さんが出てきた。手にはバスケットを持っている。
「これ、持っていってね。今日のお夕飯と今までのお給料が入ってるわ」
「すいません、ワガママばっかりで」
「そんなこといいのよ。それにこっちもだいぶ助かったし。元気でね」
「はい」
バスケットを受け取り、深く頭を下げた。
「キミの旅路に幸あれ」
「ありがとうございました」
もう一度頭を下げ、俺は店をあとにした。最後まで気持ちがいい夫婦だったな。俺も将来ああなりたいものだ。
帰って風呂に入り、その後で三人で夕食を済ませた。ノアの方も仕事を辞めると言ってきたらしい。ビーストということもあり、親方からは泣いて引き止められたと言っていた。そりゃ可愛くて仕事もできれば仕方ないだろう。俺が親方だったとしても泣いて引き止めようとするさ。
「ヴァル、体調の方はどうだ?」
「悪いと思う?」
ベッドで寝そべっている姿を見ると具合が悪そうには見えなかった。数日前までは起きるのもやっとだったのに。
「んじゃ、予定通り明日の朝に出発ってことでいいな」
「異議なーし」
「私もそれでいいわ」
「明日の朝に買い物をして、それから次の町に向かおう。次ってどこだ?」
「カナードの先にあるトリキア大森林を抜けて、国境都市ポータスに行くわ。で、ポータスから船にのってアンドアル。アンドアルにさえ着いちゃえばあとはルナを探すだけ」
「でも見つかるかどうかわからないんだろ?」
「見つけるしかないでしょ、なんとしてでも。そうじゃないと私もこのままだしね。好き勝手魔法が使えないっていうのがここまで不自由なものだとは思わなかったわよ」
心底うんざりしている、というように眉根を寄せてため息をついていた。
「好き勝手やりたいだけじゃん……」
「そりゃそうよ。奴隷なんて立場もごめんだしね。そうと決まればさっさと寝ましょう。トリキア大森林だってなかなか広い場所なんだから。森の中で具合悪くなっても困るしね」
「一番心配なのお前だからな?」
「はいはい心配どうも。それじゃあ私寝るからね。おやすみ」
タオルケットを被って向こうを向いてしまった。かと思えば数秒で寝息が聞こえてきた。ホントに寝るの早いな。
「ねえエージ」
と、見計らったかのようにノアが声をかけてきた。
「はい、エージですけど」
「ルナに会うのは奴隷の呪いを解除するためよね?」
「そうなる」
「奴隷化の呪いを解除したらアナタはどうするの?」
「どうするのって言われても困るが。んー、ヴァルに雇ってもらうかな。執事的なやつとして。それがダメならテキトーに飲食店でも働くよ」
「じゃあ、私は?」
「メイドとして雇ってもらえば?」
「ビーストのメイドなんて聞いたことない」
「じゃあ初めてのビーストメイドになれば?」
そこでノアがクスクスと笑い始めた。なにが面白いのかはまったくわからない。
「じゃあ呪いが解けてもエージと一緒ね」
「まあそういうことだ」
結局なにが面白くて笑っていたのかは訊けなかったが泣かれるよりはずっといい。
今後の方針も決まった。行く先々でバイトすることもあるだろうが、そういうのも悪くない。
今日もソファーに寝転んだ。この具合悪い寝床とも今日でおさらばだ。そんなことを考えながら眠りについた。




