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腕を組んで考える。俺、なんで呪いを解こうと思ったんだっけか。
「俺に問題がなくても、ヴァルやお前には問題あるだろ」
「アナタが奴隷になれって言ったんでしょ」
「そうなんだけど。それでも、ずっと奴隷ってわけにもいかないだろ。俺だけがこのまま普通の生活に戻るっていうのもちょっと違う気がするんだよな」
それに普通の生活って言っても、元々この世界の人間じゃないんだから普通もクソもない。生活基盤を作るのだって苦労するだろうし、飯を食うのも自分の力じゃできなかった。この世界の常識を知るいい機会だとは思っているが、好き好んで旅をしているわけじゃないんだ。
「アナタ、変わってるよね」
「そうか? 他人の不幸の上に成り立ってるあからさまな幸福なんてゴメンなんだ。ただそれだけ」
「やっぱり変わってる」
ふふっ、とノアが笑った。
「お前も十分変わってる。ヴァルもだけど」
ヴァルは変わってるのレベルを逸脱しているような気もするが。
「そう考えればいい取り合わせなのかもね、私達は」
「いい取り合わせってなんだよ……」
変わり者の集団がいいわけないだろ。
水を飲みコップをテーブルに置いた時、布団がごそりと動いた。
「いい、匂いがする……」
布団が持ち上がってヴァルが足を地面につけた。
「起き上がって大丈夫なのか?」
「ええ、もう十分休ませてもらった」
やや不安定ではあるが、自分の足でテーブルまでやってきた。俺のコップで水を飲み、残りのハンバーガーに視線を向けていた。
「これ、私の?」
「そうだけど、食うの?」
「お腹減ってるのよね。今まで食欲なくて食べられなかったから」
「つまり食欲は出てきたのか」
「それくらいまでは回復したってことよ。で、食べていいの?」
「いいけどいきなり食って大丈夫なのか? そこそこ重いぞ? 老体にはきついんじゃないのか?」
「老体じゃないわ。25歳だわ」
ヴァルはイスに座った後、ハンバーガーを食べ始めた。
腹が減っているはずなのに食べ方は非常に綺麗だった。一口、また一口と上品に食を進める。時折水を飲んではその喉を鳴らしていた。
「じろじろ見ないでもらえる?」
「いや、マジで回復したんだなと思って。あと急に具合い悪くなって吐かれても困るなと思って」
「吐いたりしないわよ。こんなに美味しいもの、吐き出したらもったいないわ」
「殊勝な心がけだな」
そうしているうちにヴァルはすべて食べ終わった。ふらふらな足取りを見たときは少し不安だったが杞憂に終わった。
「ごちそうさま」
口を丁寧に拭いたヴァルは、小さくため息を吐いた。
「こんなことになって悪かったわね」
「本当にそのとおりだ」
ノアに足を踏まれた。
「お金、取られちゃったんでしょ?」
「お前の財布も取られた」
「でしょうね。あの女狐、やってくれるわ」
口ではそう言うがどうにも覇気が感じられない。いつもどおりに戻るまではまだ時間がかかるだろうな。
「で、どうしてこうなったのかは説明してくれるんだろ?」
「そうするしかないでしょうね」
ヴァルはまた水を飲み、自分の胸元からあるものを取り出してテーブルの上に置いた。
コトリという音とともに置かれたのは一つの弾丸だった。傷一つない綺麗な金色の弾丸。
「これは?」
「あの男が私に打ち込んだヤツ。探してとっといた」
「あんなことがあったのに意外とアグレッシブだな」
「やられっぱなしってわけにもいかないでしょ。呪いをかけられたのはわかってたし、特定しなきゃいけないと思ったから」
再び迷いの森に向かったの、この弾丸を見つけるためでもあったんだな。
「で、これがなんなんだ?」
「特殊な文字が彫られてる。たぶんだけど、強力な呪いを施した銃弾ね」
「魔女でも関係なく呪われるくらいの?」
「そういうこと。おかげでとんでもない目に遭ったわ」
「んでその呪いってのはどんなもんなんだ?」
「この感じだと、私の消費魔力を制限する感じの呪術ね。ある一定の魔力を消費すると呪いが発動して具合悪くなっちゃうやつ」
「だからああなったのか」
山道で急に倒れた時のことを思い出す。あまりにも唐突だったのでびっくりしてしまった。ヴァルが言うことが事実なら納得できる。
「もちろん解除できないんだよな」
「当然でしょ。それにこれ、相当強力な呪術だわ。さっさとルナと接触しないとマズイわね」
「今までお前だよりだったからな。ルナの家まであとどれくらいだ?」
「全然先。国境を越えなきゃいけない。国境同士の距離はそこまででもないけど、それでもそこそこの距離がある。天候で進み具合も変わるだろうし、結構時間かかるわよ」
「でもすぐに出発ってわけにもいかないんだなこれが」
「お金がない、と」
「そういうことだ」
俺、ヴァル、ノアは三人揃って腕を組んでいた。
「それじゃあ働くしかないわね」
「お前労働とかできないじゃん」
「できるわよ。もう体調も戻ったし」
「いや人格的な意味で」
頭ひっぱたかれた。
「接客業なんて誰がするもんですか。普通に依頼案内所でクエストを紹介してもらうのよ。アンタはレストランで働きなさい。私とノアでなんとかクエストこなしてくるから」
「普通はノアあたりに接客業させて俺がクエスト行くべきでは?」
「もう働き始めちゃったでしょ。明日からその感じでいくから」
ヴァルはイスから立ち上がり、ややフラフラとしながらベッドに戻っていった。なんだかんだ言ってまだ本調子じゃないんだな。
しばらくして寝息が聞こえてきた。
「ヴァルのこと、頼んでいいか?」
「ええ、なんとかするわ。自信はあんまりないけど」
「天真爛漫すぎてな、その意見には同意するわ」
しかしある程度の金が貯まるまではこの生活を続けるしかない。お互いに無理をすることになるだろうが仕方がない。
「それじゃあ俺らも寝るか」
「そうね。それじゃあおやすみ」
「ああ、おやすみ」
俺はソファーへ、ノアはベッドへ。ちゃんと労働しているはずの俺がソファーっていうのはちょっと納得いかないけど、疲れていたので早く眠りたかった。風呂は明日でいいか。そんなことを思いながら眠りにつくのだった。




