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ノアの所持金で朝食を食べ、いざ仕事探しにでかけた。ノアにはヴァルの看病を頼んである。自分じゃまともに起き上がれないし、トイレだって難しいだろう。
商店、レストラン、土木作業とまあいろいろ回ってみたがどこも大変そうだ。一応レストランでは内定をもらった。今日の午後三時から来てほしいと言われた。
ここでまた頭痛がした。そういえばこんなことがあったなと、走馬灯のように記憶が流れていった。
何回も何回もいろんな場所で仕事を断られて、どうしてこうも就職活動が上手くいかないのかとヤケになった時期があったらしい。正直鮮明には思い出せない。断片的で、辛かった頃の記憶がかなり強烈だった。
しかし、そんな俺に手を差し伸べてくれた人がいた。俺はその人の店で働くことになり、接客業に精を出した……みたいだ。
そんな記憶があるので接客業は問題ないと思われる。
一度宿に戻って更にノアの金で飯を食う。
「ヒモみたい」
と言われてしまった。間違いなかったので「俺のせいじゃない」と返しておいた。真実ではあるのだがノアは若干呆れたような顔をしていた。
「帰りは?」
「わからん。夕食はいらんぞ、まかない出してくれるって言ってたし。まかない三人分用意してくれるっていうからお前も夕食食べるなよ」
「そう、いってらっしゃい」
それでも最後には微笑んでくれるのだからいい女だ。
働かせてもらえるようになったレストラン「アポロ」は夫婦経営だ。見た感じまだ二十代、若くして店を持つってことは親に金があるんだろうな。なんて邪推してしまう。最近従業員がやめたらしく、ちょうど人手が足りなかったと言われた。夫婦は人柄もよさそうなのでやりやすそうだ。
「じゃあ今日からよろしくね。はいこれエプロン」
奥さんが俺にエプロンを渡してくれた。薄緑色のキレイなエプロンだった。
最初は「暇で助かった」なんて思っていたのだが、夕食時に差し掛かって後悔することになった。
店は繁盛しており、初日からかなりの重労働を強いられた。キッチンは店長である旦那さん、ホールは奥さんなのだが、奥さんもキッチンに立つことがある。俺は基本的に雑務が中心だが、ホールを任されることもかなり多い。
メニューも今日見たところだし、店長が料理を作る速度とかもまったくわからない。当然客層もわからないわけで、客も店長もその奥さんも敵なんじゃないかと思えるくらい忙しく神経を使った。
休憩は多少もらったが、昼から夜までの六時間がとんでもなく短く感じた。
夕食時さえ終わってしまえば客は減り、ちょっとしたデザートや飲み物を求める若い客ばかりになった。
時刻は九時過ぎ。店自体は十時で閉店らしいのだが、残りの一時間は片付けだけだからいいと言われた。
休憩室でエプロンを外してロッカーに入れた。ロッカーとは言うか俺専用の木の箱が無造作に置かれてるだけなんだけども。
店を出る時に店長に声をかけられた。
「お疲れ様。まかないは持ち運べるようなものがいいって言ってたね」
店長が紙袋を手渡してくれた。まかないのことすっかり忘れてた。
「ありがとうございます」
「話は聞いてるからね、三人分のハンバーガーだよ。また明日もよろしくね」
店長は割とイケメンなので、気遣いの分と合わせれば間違いなく女はおちる。俺もちょっとだけぐらっときた。
「はい、明日もよろしくお願いしマス!」
と元気よく言ってから店を出た。店長夫妻や客には愛想よく、精一杯の猫かぶりを徹底して行わなければ。
それにしても気持ちがいい職場だ。これなら永久就職してもいいと思える。
永久就職、そういう意味だっけ。
宿に戻ると、ヴァルは相変わらず床に伏せていた。呼吸は落ち着いているし熱も引いたようだ。
「どんな感じだ?」
テーブルの上にハンバーガーを並べる。
「だいぶよくなったと思う。自分で起き上がって水も飲んでたしね。でもまだ食欲はないみたい」
「じゃあハンバーガーは二人で食べるか」
「それがいいでしょうね」
二人揃ってハンバーガーにかぶりついた。
「おお、これは……」
「おいしいわね、これ」
時間が経っているのにレタスはしゃきっとしてるし、ハンバーグは厚くて噛めば肉汁が滴る。パンは中はパリッと中はふんわり。これはハンバーガーじゃないんじゃないか、っていうくらい食べたことがないハンバーガーだった。
ノアも夢中になって食べていた。たまにため息をもらしているのがちょっとだけ色っぽい。
「これ、ただでもらったの?」
「そうだけど、俺もビビってる。あの店の飯食ったことないからな。まさかここまでの腕とは思わなかった」
親に金があるとか思って申し訳ない。あの店は実力の賜物だ。
「アナタ、この店にちゃんと就職したら? 絶対潰れないわよ」
「うーん、やぶさかではない」
店長夫妻は人柄もよく、快くまかないも提供してくれる。飯も上手いし年もそこまで離れていないので就職できればかなり長期間働ける。
「ってそうじゃねーよ。俺には俺の目標があるの。呪いを解いて普通の人として生きるの」
「呪いって奴隷の呪いでしょ?」
「そうだ。これがある限り俺は普通の人間として生きていかれないからな」
「そうなの? 別にアナタが奴隷ってわけじゃないんだから関係ないんじゃない?」
「言われてみれば、たしかにそうか」
奴隷はヴァルとノアであって俺じゃない。俺が縛る人間はいても、俺を縛る人間は一人もいないのだ。




