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朝起きて身支度を済ませた。リュックを背負って外に出ると、すでにヴァルが待っていた。
「遅い。昨日八時に集合って言ったでしょうが」
「八時ピッタリだろ。文句ばっか言うなよ」
「五分前行動!」
「教師かアンタは」
「はいこれ。魔法の小袋。この中にリュックを入れて。袋の口に荷物を押し当てれば勝手に吸い込むから」
茶色いこぶし大の袋を渡された。リュックを押し当てるとにゅるっと中に吸い込まれる。なぜワープはないのにこういう魔法はあるんだろうか。
茶色い小袋を腰に括り付けると、今度は剣を渡された
「剣なんて使えないが?」
「持ってるだけでいいから。なにかには使えるでしょ。ないよりましよ」
これも腰、というか尻の方に括り付けた。さすが鉄の塊、ずっしりくる。久しぶりに筋トレを始めるべきかもしれない。
「そうだ、訊きたいことがあるんだが」
「答えられることなら」
「昨日風呂に入ったとき、胸にタトゥーみたいなのがあったんだけど」
「それが奴隷化の紋章よ。奴隷と主人、両方に同じ紋章が刻まれるの。ほら見て」
ヴァルがぐいっと自分の胸をはだけさせる。鎖骨のちょっと下辺りだが、不覚にもドキッとしてしまった。
「俺が年増にときめいている……?」
こんなところで肌を晒さない方がいいよ。綺麗な肌してるんだから。
「だから逆なんだって」
「ついうっかり」
「それと私が組んだ術式ね、あれ続きがあるのよ」
「続き? 奴隷化の他に?」
「私とお前に主従関係が成立しているのは言わずもがな。でもお前は奴隷を増やすことができる」
「そりゃすごい。で、どうやってやんの?」
「接吻。つまりキスよ。相手の唇を奪えば強制的に奴隷にできる。だから無闇矢鱈とキスをしないこと。わかった?」
「まあそうそうないと思うけど肝に銘じておく」
「あとは奴隷の力をちょっとだけ使える。今のお前の場合でいけば、私の力をちょっとだけ使えるってこと。紋章に手を当てて意識を集中させると紋章が光るはず。そうすると私の魔力の一部が流れ込んで、なにかが起こる」
「そこは詳しく説明してよ」
「やってみないとわからないんだから仕方ないでしょ」
「じゃあ今やってみるか」
左胸に手を当てて意識を集中。少しずつ温かくなってきた。そして、全身が紫色の光で包まれた。
「なんか力が湧いてくる……」
「んー、見た感じだと魔力を身体に纏ってる感じね。この状態なら感覚だけでも魔法を使えるようになると思うわ。身体能力も上がってる」
「なんかあったら剣を抜くよりこうした方がいいな」
「やめい。たぶんその力はお前には御しきれない。最終手段にとっておきなさい」
「未知の力だし、専門家に従っておくか」
そのとき、遠くから馬の足音が聞こえてきた。馬車でも頼んでたのか。
「あの馬車に乗って、とりあえず近くの町へ行くわ。そこで非常食やなんかを調達してから出発」
「また馬車?」
「そこからは徒歩。ルナがいるのは別の大陸なんだけど、直進しようと思うと迷いのを抜けなきゃいけない。でも迷いの森には誰も近付きたがらない」
「ありがち」
「わけわかんないことばっかり言ってないの」
呆れ顔ではあるが、心なしか口元が笑っているように見えた。
馬車に乗り込み、路銀を払う。じょじょに動き出したが、乗り心地は最悪だった。サスペンションを強化した方がいい。
一時間と経たずにバルサの町に到着した。馬車に揺られている間、俺はヴァルの恋愛遍歴を聞かされ続けた。付き合った男がだいたいダメ男で哀れになってくる。中でも「医者のフリをしたバーテンダーが実はバーテンダーですらない上に猟奇殺人鬼だった」っていう話は気の毒に思えるほど面白かった。最終的には自分で成敗してモンスターの巣窟に置き去りにしたらしい。失笑してめちゃくちゃ怒られた。