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 宿屋にたどり着き、なんとかここまできたかって感じだ。その頃にはすっかり夜になっていて、そこかしこに街頭が灯っていた。ノアいわくこれも魔法によるものらしい。街頭がある町というのも、そこそこ発展してないと無理なんだとか。


「ようこそ、三名様でよろしいですか?」

「ああ、三人でいい。部屋は任せる」

「左様ですか。ではこちらへどうぞ」


 やけに愛想がないフロントだな。しかし、満室じゃなかっただけよかった。


 案内された部屋は古いが小奇麗でまあまあと言ってもいい。古びているのは最初からわかっていたことだし、とにかくヴァルをなんとかしないとまずい。


 ヴァルをベッドに寝かせて服を剥ぎ取る。


「もうちょっと優しく扱いなさいよ……」

「今更なに言ってんだ。自分じゃ歩くこともできないくせに」

「お湯とタオル持ってきたわ」

「さんきゅ、ノア。そのまま身体拭いてくれるか。俺は食べられそうなもの買ってくるわ」


 と、ポケットに手を突っ込むが財布がない。


「すまないんだが金貸してくれんか……」

「財布落としたの? はい、貸してあげる」

「すまんな」


 どこで落としたかはわからんがないものは仕方がない。それにノアがちゃんと財布を持っててくれて助かった。


 町に出てテイクアウトできる店を探した。俺とノアはサンドイッチでも買って帰ればいいが問題はヴァルだ。あの状況で口にできるものといえばおかゆやおじやくらいなものだが、この世界にそんなものはないだろう。


「よし」と、空いている商店に向かった。必要なものを買い、あとはあのフロントのおばさんに話をつければ完璧だ。


 宿に戻って話をすると、渋々だがこちらの願いを利いてくれた。その分の料金を払うことと、ちゃんと片付けることが条件だった。


「戻ったぞ」


 ヴァル用のシャツとパンツをノアに投げた。サイズがわからなかったのでフリーサイズ、しかも男用だ。ないよりましだろう。


「気が利くのね、思ったより」

「気が利く男、世界ランキング五百位くらいには入るだろうな」

「どうでもいいわ。あっち向いてて」

「言われなくてもそうするから」


 買ってきたものをテーブルに置いていると、後ろから衣擦れ音が何度も聞こえてきた。ヴァルに対して興味がないとはいいつつ、さすがに背後で女が着替えさせられていると思うとドキドキする。下着姿にはドキドキしないのに。


「もういいわよ」

「うい」


 振り向いて、今度はサンドイッチを投げた。ノアは「ありがと」と言ってそれを食べ始めた。


「どんな感じだ?」


 俺もイスに座ってサンドイッチを食べ始める。


「熱が高いし汗もすごい。定期的に水は飲ませてるけどしゃべるのも大変そう」

「急に、って感じじゃないよな」

「この前撃たれてから、もしかしたらずっと調子が悪かったのかも。心配かけないようにって黙ってたんじゃないかな」

「そういうタマだとは思えないんだけどな」


 どっちかっていうと心配されるとプライドが許さないとかそんな感じな気がする。特に男に心配されるのとか嫌いそうだし。いやでもコイツ、男にかんしちゃちょろいところもあるしなあ。


「あ、そういえば財布返す」


 財布を渡すと、ノアは中身を見た。


「結構使ったね」

「いろいろ買ったからな。あとで返すから」

「返す当てもないくせによく言う」

「返すよ。アイツが」


 ヴァルに人差し指を向けると、ノアは呆れたようにため息をついていた。この状況、完全にヒモである。


 サンドイッチを食べ終え、次はヴァルに飯を食わせなきゃいけない。食欲がないと言われても少しは食べてもらわないと。


「ノア、ヴェルの上半身起こしてもらえるか」

「いいけど、なんで?」

「これを食わせる」


 茶碗を持ち上げ、スプーンを右手に持った。


「おかゆ?」

「おかゆ、この世界にもあったんだな。まあいい、そう、おかゆだ。下で作ってきた。そろそろいい具合いに冷めてるだろうしいいかと思って」

「わかった。ちょっとまってて」


 ノアが「起きられる?」と身体を支え、ヴァルは「なんとか」と虚ろな目で上体を起こした。


 茶碗からおかゆを掬って口元に運ぶ。わずかに開いた口にねじ込み、スプーンを上に傾けた。ヴァルはゆっくりと何度か咀嚼し、小さく喉を鳴らす。


「強引」

「うるさい。いいから食え」


 ヴァルはため息をついていたが、俺がスプーンを差し出せばちゃんと口を開ける。こういう従順なところが漬け込まれやすいんだろうな。いや病人だから仕方ないのか。


 おかゆを半分ほど食べたヴァルだが「もう無理」と言って、ノアの腕の中で眠ってしまった。ほぼ気絶に近いものがある。

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