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「困るんだよね、お兄さん」


 フードを被った男が言った。俺よりも年上だが中年というほどでもない。二十代後半、くらいだろうか。俺よりも身長が高くガタイもいい。魔法使いって感じではなく、どっちかというと近接戦闘を得意とするタイプに見えた。


「俺も困っちゃうんだよな、こんなことされるとさ。俺たちは俺たちのためにこの山を登ってるんだぜ? お前の勝手でこんなことされるのは癪に障る」

「お兄さんの意見はどうでもいいのさ。人身売買は金になる。特に女は高値がつく。ついでに言うと臓器売買も相当にいい商売だ。女二人は売りに出してお兄さんは臓器の方」

「まあ、そんなことだろうと思ったよ。どうせシャルと仲間ってわけでもないんだろ?」

「商売仲間ではあるけどね、血を分けた兄弟とかまではいかないかな。ねえ、シャルロット」


 男がニヤリと笑った。反対に、シャルは苦い顔をして俯いている。仲間ではあるけど、という部分に含みがありそうだ。


「シャルはそう思ってないみたいだけど」

「そんなわけないでしょ。見てみなよこの状況。シャルロットがお兄さんたちを誘拐しようとしてたの。わからないかな?」

「そうは見えないな。シャルは乗り気じゃないみたいだしな」

「バカだねえ。お人好しにもほどがあるよ。人に頼られたら全力で応えたいとか思っちゃうやつ? 全部信じちゃう感じの人?」

「そんなつもりはないね。そもそも俺、人に頼られることとかないから」

「ごめんごめん、そうだよね。お兄さんみたいな人を頼るような人いないよね」

「でもそうだな。コイツ困ってるな、と思ったら俺は無理矢理にでも手をのばすかな」

「で、その手を掴んだら助けるの? 偽善者にもほどがあるよ。面白いね、お兄さん」

「バカはお前の方だろ。なんで手を伸ばして助けなきゃならんのだ。ぶん殴るに決まってんだろ」

「は? なに言ってんの? 本気?」

「本気だよ。困ってんのに誰にも助け求めないとかアホらしいじゃん。困ってんなら困ってるって言えばいいんだよ。ただし、信頼できそうな相手にな」


 男から視線を外してシャルを見た。視線同士が交わって、けれどシャルは顔を背けようとはしなかった。


「お前はどうしたいんだよ」


 彼女の呼吸が荒くなっている。胸の前で握りこぶしを作り、強く握りしめていた。


「私は……」

「事情はわからない。でもお前、本気で人身売買なんかに加担したいわけじゃないんだろ? あとで話は聞く。でもそれより今どうしたいかだ。答えは?」


 シャルの目が大きく開く。


「助けて、欲しい」

「あいつを倒せばいいんだな?」

「そいつは私を監視していました。私がちゃんと役目を果たすようにと」

「おーけー、それだけ聞けば十分だ」


 ようやく、この男と向き合う理由ができたってことだ。


「生きてるよな、ヴァル」

「ええ、当然でしょ」


 へたりこんで地面を見つめているが、それでもなんとか意識は保っている。


「ノアはヴァルを頼む」

「わかったわ。でもアナタはどうするの?」

「当然、アイツと戦う」

「できるの?」

「やるさ。ようやく見せ場がきたんだからな」


 さっきと同じように、胸と首に手を当てた。


「お兄さん、やるのかい? 俺はそこそこ強いよ?」

「その強いってのが人間基準なら、たぶん俺はもっと強いと思うぜ?」


 意識を集中。紋章が熱くなってきた。


「いくぞ」

「きなよ、お兄さん」


 そうは言うが、男は迷わず銃を構えた。殴り合うつもりはないってことだ。


 それならばそれで一向にかまわない。ビーストが持つ身体能力と魔女が待つ強大な魔力に、銃だけで対処できればの話だが。


 男が発砲した。合計三発。でもその軌道は手に取るようにわかる。銃弾には魔力が込められているんだろうが、そんなのはあまり関係ない。


 地面を目一杯踏み込んで駆け出した。男の動きより速く、この銃弾よりも早く。まばたきさえもさせてやるもんか。


「お前……なんなんだよ!」

「さあ、なんだろうな」


 小細工なんて必要ない。今はただ、コイツの顔面を殴ればいいだけだ。


 腕をわずかに引き、打ち出す。ただそれだけの動作。それでも今の俺は普通の人間の何十倍という腕力がある。


 俺の拳が男の顔面を捕らえた。このままだと吹き飛ばしてしまう。力の方向を下に下げ、男を地面に押し付けた。なんとも言えない悲鳴を上げ、男は地面にぶち当たる。そして、気絶してしまった。


 やってしまえばなんてことはない。とはいえ常に使えるわけじゃない。五分程度しか保たないし、ヴァルやノアが気絶してたら使えない。とんでもない能力ではあるんだがあまりにも使い勝手が悪い。


「さて、話を聞かせてもらおうかな」


 気絶した男を見下ろすことなく、俺はシャルにそう言った。シャルは諦めたように目を閉じ「ええ、わかりました」とつぶやいた。


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